「子どもの他者理解の発達には文化差がある? 国際共同研究から見えてくるもの」
 教育学部 心理・教育実践学講座 清水由紀

アメリカ人の白人3名、インド系アメリカ人1名、中国系アメリカ人1名、中国人2名、ポルトガル人1名、そして日本人(私)1名。私が今研究をしているニューヨーク大学でのラボ・ミーティング(ゼミ)の風景です。このダイバーシティを目の前にして、「ああ、ニューヨークにいるんだなあ・・・・」と実感します。

実は私はずっと日本で、日本人の子どもを対象として、社会的発達の研究をしてきました。そんな私が一体なぜ、こんな国際色あふれるパワフルな街、ニューヨークで、国際共同研究をするに至ったのでしょうか?

国際共同研究を始めたきっかけ

すべての始まりは、ニューメキシコ州アルバカーキという、アメリカ西部の大変のどかな都市で起きたのでした。2008年にここで開かれた国際学会にて、後に共同研究者となるニューヨーク大学のJim Uleman先生と出会ったのです。Jimは著名な社会心理学者で、私は彼の研究手法を子どもに適用した研究を、その学会で発表していました。そこに、Jim本人が私の発表を聴きに来てくださったのです!この奇跡的なシチュエーションに舞い上がり、そして狼狽し、碌な説明ができなかったのを覚えています。

そしてその3年後の2011年に、学部で1年間の長期研修の機会をいただきましたので、Jimに連絡を取ったところ、私のことを覚えていてくださり、ニューヨーク大学での共同研究が始まったのでした。帰国後も継続して進め、現在の研究につながっています。

私の研究テーマは、「自発的特性推論の発達プロセスの解明」です。自発的特性推論とは、他者の行動を観察しただけで、人が即座に、意図せずして、(ほぼ)自動的に、その人の性格特性(親切、意地悪、几帳面、おっちょっこちょい、etc.)を判断する傾向のことを指します。これまで社会心理学という分野で、Jimのグループが中心となり、大人における自発的特性推論の生起プロセスが調べられてきました。しかし私は、他者の行動からその内面を読み取るというのは、社会的存在である人間にとって極めて重要な能力なので、発達早期から見られるのではないか?という疑問を持ちました。そこで子どもを対象に調べたところ、自発的特性推論が子どもでも見られることを発見しました。その後さらに「自発的特性推論の発達には文化差はあるのだろうか?」という疑問が生まれ、それを解明すべくJimと日米比較研究を開始して今に至ります。

3機関による新たなプロジェクトの開始

実はJimとの研究以外にも、これまた国際学会で知り合ったのをきっかけとして、ウィスコンシン州立大学グリーンベイ校Assistant Professorで文化心理学者のSawa Senzaki先生と、日米の母子を対象とした比較文化研究を始めていました。このように、これまで二本立てで別々に共同研究を進めてきましたが、ちょうど今回科研費の事業により再び海外で研究する機会をいただきましたので、これらの研究を統合した国際共同研究を開始することにしました。埼玉大学・ニューヨーク大学・ウィスコンシン州立大学の3機関、そして発達心理学・社会心理学・文化心理学の3つのアプローチからなる、新たなプロジェクトです。他者の特性理解という、とても人間らしい認知が、いかに発達早期から普遍的に見られるか、またそれが異なる文化的環境の中でどのように異なる形で発達していくのかについて、解明していきたいと思っています。方法としては、基本的に実験と観察の手法を用います。実験室で、参加者に刺激(他者の社会的行動のビデオ等)を提示し、それへの反応をアイ・トラッカー(視線計測器)で測定したり、母親がビデオ内容について子どもに語る様子を記録したりします。

この9月からニューヨーク大学で研究を開始したばかりですが、予定としては、基本的にここニューヨーク大学心理学部に拠点を置き、時々ウィスコンシン州立大学に出張しながら、これら2つの大学でアメリカ人のデータを収集したいと思っています。そして日本にも定期的に帰国して実験を行い、日本人データを収集します。

国際共同研究をこれから始める人に

私は以前から漠然と「比較文化的な研究をしてみたい」という願望を持っていたのですが、それを一気に具体化させてくれたのが、国際学会での出会いです。上記は私がPIとして実施しているプロジェクトですが、他にも3名の海外の研究者との共同研究に関わっており、それらのきっかけの多くは、国際学会への参加でした。旅行好きということもあり、色々な国での学会に参加してきましたが、それが奏功したようです。というわけで、海外の研究者と出会うには、王道ではありますが、やはり国際学会で発表してみるというのが一番手っ取り早いかもしれません。

国際共同研究を始めてから、研究内容自体が大きく変わりましたが、付随する多様な経験が思った以上に、研究に対する姿勢や生き方(と言っては大げさですが・・・)に大きな影響をもたらしています。自分自身の研究を相対化し、より大きな視点から眺められるようになった気がします。また、冒頭に書きましたようにここニューヨークの大きな特徴はダイバーシティですが、様々な背景を持つラボのメンバーや友人とやり取りをする中で、自分がいかに狭い価値観・世界観を持っていたかを痛感させられます。これらは、実際に海外で生活し、そこで根を張って研究活動をしてみないと得られなかったことかもしれません。もちろん、言語も習慣もシステムも全く違う環境に飛び込む訳ですから、困難もとても多く躓くことばかりの毎日ではありますが、そのプロセスの中でしか得られないものの価値は大きいと実感しています。