「工学の力で農業現場の栽培効率を上げられないか」
理工学研究科(工学部電気電子システム工学科)長谷川 有貴

「これまでの歩み」

Anita教授(左端)と研究室スタッフと学食にて

私は,埼玉大学教育学部の出身です。中学校の技術科の教員養成課程だったので,電気,情報,木材などについて実習も含めて学び,卒業研究で「電気」の研究室に所属し,「植物の生体電位」の研究をはじめました。

植物の生体電位は,生理活性などに起因して変化する細胞内外のイオン濃度差によって発生する電気信号で,植物の状態を物理量として捉えることが可能な技術です。切除などの物理的刺激や,光などの環境変化に対して応答する生体電位の測定はとてもおもしろく,明らかになっていないことが多いことも魅力に感じ,修士課程に進み,博士課程への進学を考えて工学部の研究生となりました。

工学部で受け入れてくださった教授は,教育学部で行っていた研究を全面的に支持し,「植物の生体電位」の研究を続けさせてくれた上に,この研究の工学的な新たな可能性にも気づかせてくれました。その後,この研究室の助手に就任し,学位を取りました。

助手に就任して間もないころ,海外からのお客様を一人でつくばの研究所へお連れするお役目があり,つたない英語でなんとか会話をしながらお連れしたことがありました。

そのときお連れしたのが,現在,国際共同研究を進めているLinköping大学(スウェーデン)のAnita教授です。ガスセンサ開発が専門のAnita教授は,植物による空気浄化効果に興味を持っていて,私の研究にも大変興味を持ち,いつかは共同研究をといつも気にかけてくれていました。出会いから12年ほど経ち,ようやくAnita教授との共同研究が現実のものとなりました。

「これから始める国際共同研究」

Linköpingのダウンタウンにある教会。スウェーデンの空は青くて広い。

今回の渡航は,科研費の国際共同研究加速基金に採択されたことから実現しました。私の研究は,工学の力で農業現場の栽培効率を上げられないか,という発想から取り組んでいるものです。

植物工場などの施設栽培における植物の生理活性状態を,植物の生体電位を含むセンサ情報によって把握,解析し,植物のそのときの状態に合わせて温度,湿度,光量,光の波長,二酸化炭素濃度,水ストレスや養液濃度などの調整が可能なシステムを開発することで,栽培効率を向上させるとともに,消費エネルギーを最小限に抑え,施設栽培の低コスト化,機能性の付与などに寄与することを目指しています。

Linköping大学では,植物の生育に影響を与える雰囲気ガスのセンシングデバイスの開発に取り組むとともに,同大学の別の研究グループとも議論し,植物だけでなく,人体に関わる生体情報も電気信号として把握することを目的としたプロジェクトも進めることとなりました。さらに,Anita教授が兼任するOulu大学(フィンランド)で進めている,細胞レベルでの病理診断を目的としたバイオセンシングに関わる研究にも携わる予定です。

こちらに来て日が浅いので,今のところは,研究内容についての議論や,こちらの研究者の研究内容を勉強する日々を送っていますが,分野の近い複数の教授,准教授など研究者同士がそれぞれの研究について紹介し,議論を交わす機会がたびたびあり,より専門的な議論が交わされることに,日々,刺激を受けています。

「海外研究をこれから始める人に」

海外研究に特化してなにか伝えたいことは私にはありません。そして,研究だから,ということもないのかもしれません。私にとって,何事も人とのつながりが第一だと思っています(ただし,適度な距離感を持った関係が好きw)。

私が今,研究者という職を得て社会の一部として働き,海外で研究する機会がいただけたのは,両親や家族のおかげであり,大学時代の恩師の先生方のおかげであり,研究第一!をかかげて(?),学生時代から待ち合わせにはことごとく遅れていくことを(内心では呆れていたとしても)許して,遊んでくれて,飲んでくれて,発散させてくれる友人たちのおかげであり,WEBカメラで打ち合わせできるから!と海外逃亡渡航する指導教員を,気持ちよく送り出してくれた研究室の学生たちのおかげです。

いま,こちらでの生活では,Anita教授にご家族ぐるみでお世話になっています。通勤用に買った自転車を一緒に組み立ててくれたり,週末には,娘さんファミリーと一緒に寿司パーティーに招待してくれたり,すでにお世話になりっぱなしです。あと11ヶ月(しかない),こちらでの生活で,どんな出会いがあるのか,私の人生にどんな変化をもたらすのか,とても楽しみです。

月並みですが,出会いを大切にして,自分の手で素敵な人生を拓いていきましょう!

出発前夜の研究室飲み会で,学生たちからサプライズでもらった写真と写真立て。