「研究者の仕事と子育て」
 理工学研究科 井上 悠子

  1. はじめに—出産前に考えたこと—
    私は理工学研究科の助教として、研究や教育に従事しています。
    結婚したのは着任が決まる少し前ですが、まだ結婚も出産もしていない(とくに予定もなかった)大学院生時代やポスドク時代からずっと、「もしも将来、結婚出産したら研究者の仕事は続けられるのだろうか」という漠然とした不安を持っていました。働きながら子育てをしている女性は社会的にも多くはなっているものの、女性研究者となると参考例が少なかったからです。ことわざの「転ばぬ先のつえ」ではないけれど、起こりうることを想定して、準備してから望みたい、転ばないですむためには「つえ」になる情報が欲しい、と願っていました。
    これから記すことは個人の体験とその感想ではありますが、少しでもこれから研究者を志す女性たちの参考になれば幸いです。

 

  1. 妊娠と出産、そして 仕事復帰
    私が出産したのは2013年9月です。産後休暇と育児休業を経て、子供が1歳になる2014年9月に仕事に復帰しました。待機児童の問題は世間を騒がせていますし、私の住む区にもたくさんの待機児童がいるようですが、幸いな事に、埼玉大学の「そよかぜ保育室」を利用させてもらえましたので、9月という年度の真ん中の復帰が可能になりました。たいへんありがたかったですし、今も子供は毎日元気に通っています。キャンパス内をお散歩しているので、笑い声が自分のいる部屋まで聞こえる事もあります。
    先日、子供はやっと3歳になりました。妊娠出産から今日までの3年数ヶ月を振り返っての妊娠出産への感想は、「ゴジラが上陸してきたと思え」です。別にうちの子供がゴジラ並みに暴れまくるという意味ではありません(いや結構暴れるかもしれませんが…)。
    妊娠した直後から、つくづく妊娠、出産というのは人智の及ばない事だと思い知らされました。何しろこの21世紀の科学力をもってしても多くの妊婦が苦しめられている「つわり」の原因さえまだ明らかになっていないそうです。つわりが原因の脱水から死にかけて入院になる人だっているというのに、原因不明!そのことを妊娠してからネットで調べて始めて知り、びっくりしたのを覚えています。原因が分からないのでは当然、解決のしようがありません。その他、妊娠期間中には細かい体調不良がちょくちょく起こりますが、あれこれ調べ、病院に行っても、積極的な解決方法はほとんどありませんでした。しいていうなら「安静」にして出産までやり過ごすことだけが解決方法でした。極端な話、子供が無事に産まれるかも人為的にはどうにもしようがないのです。
    また出産してからも、子育ての過程はこれまた予定どおりになどまったくなりません。例えば、私は自分が子供を産むまで、世の中にはベビーカーに乗らない赤子がいる、などということを考えたこともありませんでした。うちの子はどう頑張ってもベビーカーになじまず泣きわめき、結局買ったベビーカーはほぼ未使用のまま中古になりました。これは細かい例ですが、こういうことがもっと数えきれないくらいあります。もくろみがまったく当たらないのです。
    妊娠出産、そして子育て中には、「頑張ってもどうにもしようがない」ことが次から次へと起こり、それに臨機応変に対応してサバイブしていくしかありません。まさに「ゴジラの上陸」でした。その状況で、果たして今まで続けてきた仕事との調整がつくか。これが多くの女性を悩ませるのではないかと思いますし、私もまだ現在進行形で悩んでいます。研究者の仕事は、受験生の勉強に似ているかと思います。分野によってもちろん例外もありますが、自分で時間のスケジュールを調整するのは他の職業に比べて容易な方だと思いますし、それは良い点だと思います。一方で、受験生のように、ある期間内に成果を上げねばならないという立場でもあります。もちろんその他の大学運営に関する仕事もあります。そのための自分の取り組みとしては、とにかく目先のことをこなし、先々まで綿密な予定を立てるのをやめるということくらいです。事が起こってからその場でのベストを尽くせばそれ以上のことは仕方ない、失ったものの数は数えない、のが自分の今の姿勢で、とりあえずやっています。

 

  1. 後輩へのメッセージ
    よく若い女性から「将来は研究者になりたい。でももし子供が生まれたら産休はとれますか」と質問をいただきます。昔の私と同様にこれから子供を持ちながら働きたいと考える女性たちは「転ばぬ先のつえ」を探しているのだと思います。まず産休がとれますか、という質問には「とれますよ」と答えています。学則にも書いてある通りです。「とった場合の自分の研究者としてのキャリアは大丈夫か」という意味であるならば、「それは私にもまだ分からない」と答えるでしょう。ただ自分の人生に人智のおよばないゴジラが上陸してくる事は誰の身にも起こりうる事です。出産してもしなくても、自分や配偶者の病とか親の介護など、不測の事態が予定の範囲外で起こることはいくらでもあります。だからあまり悩まないで、もしそうなったらベストを尽くせばいい、ダメなら別のプランを考える、くらいの見通しでとりあえず前に進む事をお勧めします。