非線形電気化学振動子の集団挙動

 電気化学的な界面は散逸構造の宝庫である。これは、ここが物質とエネルギーが交代する開かれた反応場だからである。硫酸水溶液に鉄線を漬け、対極との間の電位を規制すると、電流が勝手にパルス化する。これは、鉄電極表面の不導体皮膜の生成崩壊を反映した非線形自励発振現象である。酸化皮膜の安定性は、水素イオン濃度と電位の2変数で書き下すことができる。表面から多量の鉄イオンが放出されると(電流パルス)、生成した空間電荷によって移動度の一番大きな水素イオンが弾き飛ばされ、電極表面の pHが増加する。アルカリ域では酸化膜の安定性が高まるので、電極表面が皮膜で覆われ電流が止まる。すると、水素イオンが表面に戻り、酸化皮膜が不安定化し再び電流が流れる。この双安定な状態を交互に繰り返して、鉄電極の自励発振は進行する。

 図は、この鉄非線形発振子を 24組/星形に電解液に漬け、電流発振の時系列を観測した結果である。各点に配置された振動子が、電流パルスを放出して、それらが電解液の中で相互に干渉しあい、振動子集団の時間と空間域におけるパターンを生成する。この、時空間関係をマップするために、図では、各振動子の電流の大きさに応じて色調を変化させた。実験的には、振動子集団を駆動する電源回路を工夫して、電気的な干渉がないように留意した。電気的に独立に制御された非線形振動子は、それぞれ溶液中に電位と水素イオンの波を軸対称に放出する。この電気化学振動波を介して、振動子は相互に干渉して、その電流発振のタイミングが定まる。図では、24個の振動子が3組のクラスターを作り、電流パルスが振動子の集団を伝播している様子がわかる。

 この図を念頭に置いて、散在神経系という脳を持たない制御系で個体の運動が駆動されている生物であるクラゲの運動を眺めると、両者の運動パターンが大変よく似ていることに気がついた。パルス管理を司る脳が無くとも、神経振動子が特定の空間的な配列をすることにより、クラゲの運動は自動的に再現できることを、図の結果は暗に示しているのかもしれない。

 非線形を含む反応論の視点で生物を眺めると、形態形成におけるチューリング機構、界面化学や電気化学さらには光化学を利用した検出・制御系など、生物は、ありとあらゆるメカニズムを総動員して機能を発現させていることに驚く。これらうち、例えば、神経伝播のホジキン・ハックスレー機構など、生物は、多くの場合、非線形性を上手に取り入れている。非線形性を取り込むことにより、時空間域での秩序形成機能力と、外乱に対するロバストネスが獲得されているのでは無かろうか。また、均一系の化学振動系としてしばしば用いられるCSTRで駆動されたBZ系では、事実上、数組の振動子の連成が上限であるが、電気化学振動子系は、連成の上限に関する実験的な制約がないため、この事をモデル的に検証し得る数少ない実験系であるといえる。

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