最終更新日:2017年10月13日


研究室の沿革

  1963年埼玉大学に工学部が設置され、4小講座からなる機械工学科が誕生しました。1967年には機械第2学科が設置され、計8講座の機械系学科が完成しました。熱工学講座には1968年 吉田 正一 教授、同年 岩本 昭一 助教授、針谷 安男 助手(現在、宇都宮大学教育学部教授)が着任されました。熱工学研究室の第1期生は1970年3月に卒業された機械工学科第4回卒業生ということになります。吉田 教授は、鉄道技術研究所(当時、国鉄)に長く務められたディーゼルエンジンの権威であり、本学でもディーゼルエンジン内の壁面熱流束の研究をされました。岩本 助教授は、多気筒ディーゼルエンジンのクランク軸ねじり振動の解析が専門で後に機械力学研究室の教授となられました。1973年には吉橋 照夫 技官、戸田 富士夫 技官が着任し、エンジンの実験を中心とした研究室が完成しました。岩本 助教授が機械工学基礎講座に移られるため1979年 大八木 重治 講師が着任し、燃焼の実験を開始しました。岩本 助教授のエンジンの実験は継続して熱工学実験室で行われるため、仮設の実験室を建設することになり、いわゆる「トタン小屋」でデトネーションと拡散燃焼の実験が始まりました。吉田教授は1981年に停年退官され、東京大学工学部付属境界領域研究施設(旧宇宙航空研究所)辻 廣 教授が併任教授として、「熱工学I、II」の授業を担当されました。辻 教授は東京大学停年退官後、1983年正式に本学教授になり、1988年まで卒業研究や修士論文の指導をされました。辻 教授のご研究は燃焼の基礎研究で、「対向流拡散火炎の消炎に関する研究」は世界的に有名で1988年には国際的な燃焼学会である"The Combustion Institute"からBernard Lewis Gold Medalを授与されるなど輝かしい業績を残されました。本学でも燃焼風洞を宇宙研から移設し、熱心に卒業研究、修士論文の指導をされました。その後、先生は日本学士院より1990年日本学士院賞を授与され、日本学士院会員になられました。辻 教授退官後、1992年 小原 哲郎 助手が着任し、衝撃風洞、ラム加速器などを設計製作し、現在まで助教授、准教授として衝撃波、デトネーション波などの実験的研究を行っています。1993年には王 暁 助手、1997年には蔡 品 助手がそれぞれ短期間ながら熱工学研究室の教育研究に寄与されました。デトネーションの研究については近年、パルスデトネーションエンジンの研究として次世代の熱機関への応用を図っています。
  埼玉大学大学院理工学研究科は、2006年度に部局化され教育と研究組織の分離が行われました。その結果、研究組織としては、埼玉大学理工学研究科 人間支援・生産科学部門生産科学領域に所属する熱工学研究室となりました。2013年度まで、研究面では、大八木 重治 (教授)、小原 哲郎 (准教授) が研究を担当し、吉橋 照夫 (技術職員、研究機構技術部所属)が主に実験的支援を行う体制で行っておりました。また、教育面では、博士後期課程理工学専攻人間支援・生産科学コース、博士前期課程機械科学系専攻機械工学コースの両コースと工学部機械工学科の教育を担当し、講義、輪講、実験のカリキュラムおよび博士論文、修士論文、卒業論文の指導を行っています。(文責:大八木 重治)
  2013年3月には、大八木 教授および吉橋 照夫 技術職員が定年退職されました。大八木 教授は本学において初めてデトネーションの実験に着手し、超高速度イメージコンバータカメラを駆使し凹凸壁面近傍におけるデトネーション遷移現象の可視化観察に成功しています。その功績は日本燃焼学会からも論文賞を授与されるなど、高く評価されています。2013年4月には、前田 慎市 助教が着任し、デトネーションを利用したガス銃の実験装置を新たに構築し実験を開始しております。本学部の発足当時から使用しておりました実習工場棟は、老朽化のため建て替えとなりました。2013年9月末には新しい実習工場棟・研究実験棟が竣工となり、熱工学実験室を移転しております。最近では、デトネーション波の基礎から応用を目指した研究に従事しております。(文責:小原 哲郎)