商業資本と信用機構

売買費用
ここで扱う売買費用はテキストでは第11章の流通費用のところで説明されている。 講義では飛ばした部分なので、テキストおよび 「流通費用」も参照してほしい。 利潤率のところで見たように、資本の回転が早くなれば一定期間に生み出される利潤が 増大するから、利潤率(期間利潤率)は上昇する。 生産期間は技術的に規定されているので短縮が困難である。 資本の回転を速めるためには、流通期間を短縮させればよい。 そのために売買費用をかけてでも、資本はできるだけ早く商品を売ろうとする。 売買費用とは店舗にかける費用や、広告あるいは店員などを雇う費用である。
今、回転数をあげることで利潤率を上昇させると説明した。 しかし、総投下資本額の減少によって利潤率を上昇させるとした方が、正確である。 「資本の分割」で見たように、資本の一部が販売期間にある間にも、 同時並行的に残った資本で第二、さらには第三、第四の生産ラインを開始する。 その結果、同時並行的に生産過程に資本を投下させることで、総投下資本額は増大し、 利潤率を低下させることになる。 流通期間が短縮できれば、総投下資本額が減少するのだ。 テキストでは、同時並行的にラインを稼動させるのに必要な費用を「予備資本」 と呼んでいる(119頁参照)。
生産にかかる費用と違って、売買費用は商品から貨幣への変態を促進するのに要する 商品経済に特有な費用である。 売買費用は新しい使用価値を生み出すわけではないので、商品経済に特有な無駄な費用と いう側面がある(それゆえ「空費」などと呼ばれる)。 しかし、生産から消費への間で在庫として多くの商品が存在しているのは、 社会的に見れば無駄な資源が滞留しているのと同じである。 それゆえ、売買費用はこの無駄な部分を削減する役割を果たしている。 そのために、「マイナスをマイナスする」といった言い方で、売買費用の意義が 説明されることもある。
売買費用が「新しい使用価値」を生み出していないという見解に対しては、 宣伝や広告は、「商品に様々な意味を付与することで使用価値を付加している」 とする見解もある。 ブランド品を消費する消費者は、商品そのものの消費というよりも、 宣伝・広告が生み出した「意味」や「象徴性」を消費しているといえよう。 マスコミュニケーションを動員した、 意味付与システムや人間の欲望のあり方を、 フランスの社会学者ボードリャールは『消費社会の神話と構造』で分析している。

商業資本
流通過程がなくなれば、投下資本総額も減らせるし、販売費用も不要となる。 産業資本は自らが販売するよりも安い価格で商業資本に商品を売ったとしても、 流通過程がなくなることで利潤率を上昇させることが可能となる。 そこで産業資本は商品の価格を下げて、流通過程を専門に担う商業資本に商品の流通 を委ねることになる。 商業資本はこの仕入れ価格と販売価格との差を収入とすることで成立する。

商業資本は多くの産業資本の商品を扱う。 その結果、社会全体で見れば、売買費用や流通期間が短縮されることになる。 それぞれの産業資本が店舗を持ち商業労働者を雇用するよりも、費用がかからないし、 多くの種類の生産物を販売することで、買い手が買いやすくなり流通期間を短縮できる からである。

テキストに従えば、商業を担う労働は価値を形成しない。 商業資本が必要とする費用や商業資本の利潤は、産業資本が生み出した剰余価値が 分配されたものである。

商人資本と資本主義が確立してから登場するは商業資本は異なるので注意。 地域間での価格差が商人資本の利潤の源泉であった。 これに対して商業資本は産業資本が生み出す剰余価値が利潤の源泉である。

商業信用
産業資本から商業資本への売買のように、資本間での商品売買には商業信用が 用いられる。 商業信用は将来の支払い約束にもとづいて、貨幣での支払いなしで行われる 資本間での売買である(産業資本同士の売買でも商業信用が使われる)。

Aはすぐに貨幣がなくともやっていけるだけの資金的余裕があり、 BはAから商品を購入したいが、貨幣を持っていないとする。 このとき商業信用によって、BはAから商品を購入することができる。 BはAに将来の支払い期日を明記した商業手形を振り出して、 商品を購入する(このときAはBに信用を与えた(与信)という)。

商  品
→→→→
←←←←
商業手形

期日が来たら、BはAに貨幣を支払うことになる。すでに学んだように、 このような貨幣の機能を支払い手段機能 と呼ぶ。 このような取引はA、Bともにメリットがある。 もし、商業信用がなければ、Bは商品が買えないし、 AもBに売れたはずの商品を在庫として抱えなければならないからである。

このメリットを少し別の角度から見よう。 商業手形による商品の販売をAが認めたということは、 実際には貨幣は動いていないが、AがBに支払い期日まで貨幣を貸したのと同じことである (=資金的に余裕のあるAから資金を必要としているBへの貸し付け)。 余裕のある資金をAが手元においていても、遊ばせておくだけである (このように使用されていない資金を遊休資金という)。 資本家は商業信用によって遊休資金の有効活用を行っているのである。

AがBに信用を与えたのは、将来のBの支払能力を認めたからである。 Bが商業資本ならば商品の販売による将来の貨幣の入手であるし、 Aが原材料メーカーで、Bがその原材料を用いた製造業ならば、 製品の販売による貨幣の入手である。 このように、確実性の高い支払能力をあてにして振り出す手形が、 商業手形である。 その性質上、商業手形の期間はたいてい3ヶ月程度の短期が普通である。 これに対して、資金を融通してもらうために手形を振り出すことがある。 これを融通手形(空手形)という。この場合は、商品ではなく貨幣がBに渡される。 期日が来たら、利子をつけてAに支払うことになる。 期日が来ても支払われないことを、手形の「不渡り」というが、 融通手形は不渡りの危険性が高い。 『ナニワ金融道』の世界はこちらだ。
AはBが振り出した商業手形を使って、別の人から商品を買うことができる。 こうして信用力のある手形は貨幣と同じように流通していく。 しかし、商業手形の流通には限界がある。 Bの信用が低ければ、受け取りが拒否されるかもしれない。 また、商業手形は特定に金額なので取引には不便である。 そこで銀行の発行する銀行券が登場することになる。

銀行券
普通の資本間での商業信用の制約は、銀行が与える銀行信用によって乗り越えられる。 産業資本は固定資本の減価償却資金など様々な遊休資金を抱えている。 こうした遊休資金は預金として銀行に集中することになる。 預金を基礎にして、銀行は特別な手形である銀行券を発行する。 銀行券の発行のことを発券という。 銀行券は1万円券や千円券というように、取引に使用しやすいように小額である。 また、一覧払いと言って、支払期日がなく、いつでも貨幣(金)と交換される。 この交換のことを兌換という。 このような性質をもった銀行券は広範囲に流通していくことになる。

銀行は兌換に応じられるだけの貨幣(金)を準備しておく必要がある。 この貨幣も支払手段の一つである。
受け取った商業手形を使っての取引を拒否されたものは、 その商業手形を銀行で流通力の大きな銀行券に交換してもらう。 例えば、3ヶ月先に期日がくる10万円の手形は9万8千円の銀行券と交換される。 この2千円が利子である。 このように利子分が引かれるので、銀行券への交換のことを手形の割引という。

商業手形の発行による資本家どうしの複雑な債権債務関係は、 銀行を債権者とし、商業手形を振り出した資本家を債務者とする一方的な関係に 振り替えることになる。 そして、銀行は銀行券を所持している人に対して、いつでも銀行券と貨幣とを 交換する債務を負うことになる。 ただし、発券額と同額の貨幣を準備しておく必要はない。 なぜならば、銀行券は流通力が高いから、あえて使用に不便な貨幣に換える必要はない から、発券額の一部に相当する貨幣を準備しておけばすむ。

発券と中央銀行
銀行は金準備を越えて発券を行うが、無制限に発券できるわではない。 過剰に発券すれば、兌換請求に応じられなくなるからである。

銀行券の過剰発行→金の市場価格の上昇→兌換請求→金の支払い

銀行が1gの金と兌換できる1000円の銀行券を発券しているとしよう。
発券量が過剰になれば、銀行券の価値が金に対して下がることになる。 仮に金の市場価格が1200円に上昇したとすれば、1000円の銀行券を保有している者は、 銀行で兌換してもらい金1gを入手する。それを金市場で売却すれば1200円を入手できる。 こうして200円の利益を得られる。 この作業を繰り返せばいくらでも利益があがるから、銀行券保有者はみな兌換を 求めることになり、金準備は枯渇するだろう。

そこで手形の割引時における割引率(=利子率)を変動させて、発券量を調整する 必要がある。 割引率を上昇させれば、手形割引の要求が減るし、 たとえ割引行われても交換される銀行券の額は小さくなる。 こうして発券量が抑制される。

割引率の引き上げ→交換で市中に出る銀行券量の減少→発券の抑制
→割引の要求そのものが低下

兌換請求に応じられるように銀行は発券を調整しなければならないが、 一般の銀行に発券を委ねると、銀行券の過剰発行が行われる危険性がある。 事実、過剰発行による信用制度の動揺は繰り返された。 そこで、銀行券の発行を許可される銀行が法律的に一つに選ばれることになる。 それが中央銀行である。 こうして中央銀行と普通銀行による信用機構ができあがる。

イギリス:1844年ピール銀行条例によりイングランド銀行が唯一の発券銀行となる
日本:松方正義による不換紙幣の整理策→日本銀行
中央銀行は普通銀行からの再預金を受け入れる。 この再預金が発券のための支払い準備となる。 普通銀行は割り引いた商業手形の一部を、中央銀行に再割引してもらう。 中央銀行は自らの金準備に応じて、再割引率を上下させて発券量を調整する。 この再割引率が公定歩合である。 公定歩合は普通銀行の割引率や貸出利子率に影響を与えることで、 社会の資金の需給関係を調整する。

市中→商業手形→普通銀行→商業手形→ 中央銀行
(金準備)
割引 再割引
← 銀行券 ← ← 銀行券 ←

信用機構が確立すると、商業手形の決済で使用される支払い手段も金ではなく、 中央銀行が発行した銀行券で行われる。 銀行券が普及すると、本位鋳貨である金は流通から退場し、 もっぱら中央銀行の支払準備として機能することになる。 銀行券は「信用貨幣」と呼ばれるが、 もともとは本来の貨幣である金の請求券にすぎないが、 それが本来の貨幣として流通していくのである。 中央銀行券も兌換請求が行なわれるならば、金と交換されなければならない。その意味では、中央銀行券を所有していることは、中央銀行に金を貸していることになる。(今では管理通貨制度となったので、このような議論は成立しない)

管理通貨制度
たいていの国の銀行券は、もともとは金との交換が保証された兌換銀行券であった。 第二次大戦後、1ドルは35分の1オンスの金との交換が保証されていた。 日本銀行券は兌換銀行券ではなかったが、1949年以降、360円を1ドルと交換することを 保証してきた(固定相場制度)。 したがって、ドルを媒介としてではあるが、間接的に金と円はリンクしていたことになる。 ドルと円との交換レートを維持するように、発券量を調整することが、 戦後の日銀の金融政策の要であった (日本だけではなく、多くの国がドルとの固定相場であった)。

360円固定相場制度1ドル金本位制度金1/35オンス(約0.8g)
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1971年、アメリカは巨額の貿易赤字を膨らませたためにドルの価値が低下し、兌換請求に 応じられなくなった(ドルの過剰発行)。ドルは金との交換停止をよぎなくされた。 その後2、3年間、各国はドルの切り下げで対応していたが、 1973年になるとドル売りの投機が再燃し、 ついに多くの国が変動相場制に踏み切ることになった(テキスト285頁参照)。 現在は、物価安定や景気安定を目標にして、日本銀行は発券量をコントロールしている。 準備金に応じて発券を行うのではなく、政策目標に応じて発券を行う制度を管理通貨制度 と呼ぶ。

固定相場時代は、ドルと円との交換レートを維持するために、 景気が悪化してでも公定歩合をあげるといった政策を日本銀行はとってきた。 つまり、金融政策の自由度がなかったのである。 管理通貨制度になると、金融政策の自由度が大きくなるというメリットがある。 景気対策として金融政策が機能できるように、ケインズは管理通貨制度を主張した。 ただし、管理通貨制度には野放図な発券によるインフレの危険性もある。
銀行業務
これまでは銀行と銀行券の性質を明らかにするために、手形割引を中心に見てきた。 しかし、銀行は割引以外に、預金と貸出しも行なっている。

預金:遊休資金(固定資本の償却資金・準備金など)の銀行への集中
     預金の一部は中央銀行に再預金される
貸出し:当座預金の設定など
     信用創造の拡大

預金金利と貸出し金利との差が、銀行の利潤の基礎となっている (手形の割引も利潤の一つである)。 産業資本は、剰余価値を利潤として取得するが、貸出しを受けている産業資本は、 利潤の一部を利子として銀行に払うことになる。 産業資本が銀行に支払う利子も、その源泉は貸出しを受けた産業資本が、 その資金を利用して生み出す剰余価値に由来している。 テキストに従えば、銀行でも労働者働いているが、銀行自体は剰余価値を生まないのである。 産業資本の生み出した剰余価値が銀行を存立させているのである。 これは、資本主義以前に存在した「金貸資本」と違うところである。

銀行は新しい価値を生み出さないが、社会的にはメリットがある。 商業信用で説明したのと同じように、預金を通じて遊休資金を集め、 それを貸し出すことで遊休資金の活性化の役割を果たす。 これと関連するが、資本は高い利潤率を求めて移動するが、実際には、 一度設置された設備は簡単には、 廃棄できず、資本の移動は容易ではない。 銀行による預金と貸出しは、資本を有利な産業部門に移動させる役割を果たす。 つまり、銀行が媒介になって、資本が必要な部面へと移動されるのである。 また、銀行券の流通も社会的メリットである。 銀行券が流通することで、金を流通手段として使う必要はなくなる(金本位制の場合)。 これは流通手段にかかる費用(金貨の製造・保管コスト)を大幅に節約することになる。 銀行の役割は以下のように整理できる。

  1. 遊休資金の活性化(「共同の金庫」テキスト163頁参照)
  2. 資金の社会的配分の調整(=資本移動を補完)
  3. 本位鋳貨の節約(→流通手段の供給)

補説:金融制度の比較
手形割引を中心にして銀行制度を見てきた。 国ごとあるいは時代ごとに銀行制度は異なる。 大きく分けるとイギリス型とドイツ型がある (それぞれテキスト184、188頁参照。ドイツについては 「経済学の対象」 でも簡単に言及した)。

イギリス型:商業手形の割引が中心の商業銀行主義。貸出は短期。
ドイツ型:証券業務(株式の引き受け・売却)も行う。ユニバーサルバンキング
日本は明治時代にイギリスの銀行制度を導入した。 そのため証券と銀行の分離が長い間続いてきた。 しかし、戦後の日本の銀行は、固定設備に対する融資など長期の貸出も積極的に 行ったという特徴がある。 高度成長期には、「企業は銀行信用を徹底的に利用して設備投資に」 はげんだのである(テキスト249頁)。 この時期の設備投資が生産性上昇をもたらす大きな要因となった。 近年の日本は、「金融ビックバン」と呼ばれるように、 金融制度が大きな変革を迫られている。 その中身の一つが、金融と証券の分離をなくすユニバーサルバンキングへの移行である。