Last Modified : 2024年7月21日 (日) 11:47 am

インピーダンススペクトロスコピー法に基づいた 熱電変換素子における無次元性能指数測定法の開発



本研究の全体構想

 超低炭素社会・省資源社会を目指したクリーンエネルギー需要が高まっている中、熱(温度差)から電気への直接エネルギー変換を可能にする熱電変換現象(図1)に着目している。そのエネルギー変換効率は、ゼーベック係数S[V/K],抵抗率ρ[Ωm],熱伝導率κ[W/mK]の3つ物性値(熱電パラメータ)を用いた性能指数z=S2/(ρκ)[K-1]に、絶対温度T[K]を乗じた無次元性能指数zT[-]を用いて見積もられている。現在ほぼ唯一実用化されているBiTe材料ではzT〜1程度であり、熱電変換素子としての性能を議論する上で、zT値は材料物性だけでなく熱輸送の観点から最も重要な情報である。 無次元性能指数を評価する上で、ゼーベック係数と抵抗率は同一サンプルを用いて測定されている。しかし、熱物性値である熱伝導率測定においては、サンプルへの入熱流量を完全に制御することが困難であることから、薄いディスク上の別サンプルを用い、レーザーフラッシュ法を用いた評価法が一般的である。ただし、材料の組成や結晶方向によっても物性値が異なることから、同一サンプルを用いたzT値評価が理想である。しかし、熱物性測定の困難さから、その正確なzT評価法については、研究者内でも長年議論が続けられている。 以上のような背景を受け、本研究では熱流量測定を伴わない,インピーダンススペクトロスコピー法(以下、IS法)に基づいた全く新しい無次元性能指数zTの評価法の開発とその実証を行う。


図1:熱電変換の概念図

  熱電変換研究で未だに議論が続いている熱電物性の不確かさを無くすため、理論と実験を用いて、熱電変換素子の電気物性の周波数特性から無次元性能指数zTの評価が可能であることを示す。この成果を受け、世界標準として確立できる無次元性能指数zTの評価法を構築し、世界中で熱電変換素子の正確且つ統一的なzT値評価が可能となり、熱電変換素子を用いた冷熱・未利用エネルギー利用などの加速に貢献していく。加えて、熱伝導率や比熱など、全く新しい熱物性測定手法の開発にも着手していく。

 非定常熱伝導方程式を基にしたIS法から、適切な境界値問題を厳密に解くことで、その周波数特性から熱電変換素子の近似等価回路を算出することに成功している(図2)。


図2:熱電変換材料の等価回路

これによると、熱電変換素子は、オーミック抵抗Rohm[Ω],熱電変換インピーダンスRTE[Ω],熱電変換素子から見た周りの熱容量C[F]を用いた1次遅れ系で記述できる。つまり、熱電変換素子のインピーダンスZ(ω)[Ω]は特徴的な熱角周波数ωTE[rad/s]を用いて

と記述できる。ここでωTEは熱電変換素子の熱拡散率α[m2/s]と長さL[m]を用いて、

と書ける。ここで、IS法よりRohmとRTEの比が無次元量である無次元性能指数zTに対応する。

あり、ちなみに、ω→∞とすると、電力として取り出せる比は0となる。つまり、zT値を実験から得るためには、熱電変換素子に交流電流を印加しペルチェ熱を発生させ(ただしジュール熱より十分小さい量)、その周波数特性から決定することが可能となる。ここで熱電変換素子の熱拡散率α=10-6[m/s2],素子長さL=1[mm]オーダーであることから、ωTEは1[rad/s]程度となる(図3)。


図3:熱電変換材料のインピーダンズ周波数依存性の例

これによって、単純にzT値だけを決めたいのであれば、交流電流周波数を100[Hz]と10[mHz]に限って印加し(位相差が0である状態)、その抵抗値の比だけで決定できる。つまり、1[kHz]の測定ではロックインアンプを用い、1[mHz]の測定ではデジタルマルチメータを使った実時間測定を使い分けることで、1つのサンプルあたり5分程度でこれまでに無く迅速に且つ正確にzT値の決定が可能となる。以上、理論と実験に基づき、単純な周波数特性測定のみでzT値の決定を行っていく。 また、直流電流のみを使って、zT値を決定する他の手法としてハーマン法が知られている。ハーマン法は、基本的に定常状態を想定した理論モデルであるが、IS法の理論モデルに基づくと、無限大の周波数Z(ω→∞)と無限小の周波数Z(ω→0)であるから、偶然にも両者の値は一致する。ただし、ハーマン法では、何をもってω〜∞,ω〜0であるかは解明することは出来ず、基本的な理論モデルはIS法が正しいといえる。一方、実際にzT値を決定するにあたり、Z(ω→0)は現実的にはω〜ωTE/100程度となり、極めて遅い周波数での測定が必要となり、実例としては5[mHz]以下となる。こうなると、長測定時間が必要になるだけでなく、ロックインにアンプでの測定も困難になることから、本研究室ではQuasi AC法と呼ばれる新しい測定手法の提案と、IS法とハーマン法との比較により、短時間でのzT評価手法の開拓を進めている。

 zT値の測定がこれまで統一されてこなかった理由は、熱伝導率測定の困難さにあった。しかし、IS法を用いたzT評価では、基本的に熱電変換素子のインピーダンス周波数測定のみで決定することができる。また、高周波数側の測定から抵抗率が分かり、サンプルにヒーターと熱電対を取り付ければゼーベック係数を決定することができる。さらにzT値の定義よりゼーベック係数を用いて、熱リークの問題を無視して熱伝導率の決定が可能となる点は、全く新しい熱伝導率評価法として大きな価値がある(図4)。


図4:電気物性測定による熱物性評価

さらに、4端子抵抗測定に用いた電極とゼーベック係数測定用に用いたヒーターを使うことで、改良オームストロング法で熱拡散率を同一サンプルで決定できるので、熱流量測定を伴わず、幅広い温度領域での比熱測定も実現できる。本手法は、今後の材料物性・熱物性分野に大きく貢献することが期待できる。特に熱伝導率[W/mK]や比熱[J/kgK]など、単位系にJ(ジュール)を含む物性量は、完全な熱絶縁が困難であることか鑑みると、少なからずの測定誤差が無視できない。そこで、無次元性能指数zTが無次元量であることを利用して、熱測定を行うことなく熱物性値を決定することが可能となる。


本研究に関する最近の学術論文

Ryo Shinozaki, Shinya Hirabayashi, Yasuhiro Hasegawa, “Dimensionless figure of merit of constantan estimated using impedance spectroscopy”, Applied Physics Express, Vol. 12, 011008 (2020)

Mioko Otsuka, Taichi Arisaka, and Yasuhiro Hasegawa, “Evaluation of a thermoelectric material using the duo-frequency impedance spectroscopy method”, Materials Science & Engineering B, 261, 114620 (2020)

Taichi Arisaka, Mioko Otsuka and Yasuhiro Hasegawa, “Measurement of thermal conductivity and specific heat by impedance spectroscopy of Bi2Te3 thermoelectric element”, Review of Scientific Instruments, 90, 046104 (2019)

Yasuhiro Hasegawa, Mioko Otsuka, “Temperature dependence of dimensionless figure of merit of a thermoelectric module estimated by impedance spectroscopy”, AIP Advances, Vol. 8, 075222 1-11 (2018)

Mioko Otsuka, Yasuhiro Hasegawa, Taichi Arisaka, Ryo Shinozaki, Hiroyuki Morita, “Dimensionless figure of merit and its efficiency estimation for transient response of a thermoelectric module based on impedance spectroscopy”, Applied Physics Express, Vol. 10, 115801 1-4 (2017)

Mioko Otsuka, Ryoei Homma, Yasuhiro Hasegawa, “Estimation of phonon and carrier thermal conductivies for bulk thermoelectric materials using transport properties”, Journal of Electronic Materials, Vol. 46, 2752-2764 (2017)

Mioko Otsuka, Hiroki Terakado, Ryoei Homma, Yasuhiro Hasegawa, Md. Zahidul Islam, Georg Bastian, Alexander Stuck, “Thermal diffusivity measurement using thermographic method and performance evaluation by impedance spectroscopy for thermoeletric module”, Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 55, 126601 1-7 (2016).

Yasuhiro Hasegawa, Ryoei Homma, Mioko Ohtsuka, “Performance estimation of thermoelectric module based on impedance spectroscopy”, Journal of Electronic Materials, Vol. 45, pp. 1886-1893 (2016).

Ryoei Homma, Yasuhiro Hasegawa, Hiroki Terakado, Hiroyuki Morita, Takashi Komine, “Simultaneous measurement of Seebeck coefficient and thermal diffusivity for bulk thermoelectric materials”, Japanese Journal of Applied Physics,Vol. 54, pp. 026602 1-8 (2015).

詳しくはこれまでの論文一覧より参照ください


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