ミクロの扉 埼玉大学教育学部金子研究室
平成25年度

1.宝条寺沼のムジナモの育成と微生物環境

これまでムジナモの生育に負の影響を与えると考えられてきた浮遊藻類や付着藻類がいる環境下でも良く生育していた。一方、無菌株では生育が良くなかった。そこで、ムジナモの生育が良好な株に共存する微生物種をDNAの塩基配列から同定を試みた。

方法
<宝蔵沼のムジナモと共存する微生物の観察>
宝蔵沼でムジナモの生育が良い3箇所から泥水や腐植物、ムジナモ、タヌキモを採取した。採取したサンプルから作成したプレパラートを光学顕微鏡Nicon eculipse50iで観察し、顕微鏡カメラで撮影したのち種を同定した。
<ムジナモ培養液中の微生物の同定実験>
組織培養液から真菌類と細菌類DNAを抽出し、塩基配列を決定した。この塩基配列をもとに、アメリカ国立医学図書館が提供しているBLASTを参照して種を同定した。

結果
<宝蔵沼のムジナモと共存する微生物の観察>
水が.赤褐色な場所(No.18)から採取したムジナモからは藍藻類5属、珪藻類12属、緑藻類13属が見られ、珪藻類が著しく多く観察された。ムジナモが年間を通して生育している場所(No.11)では藍藻類4属、珪藻類8属、緑藻類12属が見られ、藍藻類や小さな緑藻類が同じくくらいの頻度で見られた。ヒシが茂っている場所(No.19)では藍藻類6属、珪藻類10属、緑藻類が11属見られ、サヤミドロやアオミドロといった糸状の緑藻類を最も多く観察した。















浮遊藻類や付着藻類とムジナモとが共存している3ヶ所の様子と共存する主な微生物の一例

<ムジナモ培養液中の微生物の同定実験>

生育良好株培養液中の微生物を塩基配列をもとに同定した結果、真菌類が4属、細菌類が8属確認された。真菌類ではKluyveromyces marxianusSaccharomyces cerevisiaeDebaryomyces hanseniiが、細菌類ではCurtobacterium sp.Mycobacterium neoaurumが優占的に存在していた。ムジナモの生育が悪い培養液中の細菌類の種類は良好株の培養液中のものとほとんど差は見られなかった。

考察
<宝蔵沼のムジナモと共存する微生物の観察>
No.18では珪藻類が多く見られたことから珪藻類が多くムジナモに付着することによりムジナモが赤褐色になり(カモフラージュ)カルガモから捕食されにくくなった可能性がある。No.11では藍藻類が多く見られたことから、そのような環境でもムジナモが増殖していること、また小さな緑藻類が多く見られたことから、緑藻類は藍藻類を抑制しているのではないかと考える。No.19ではアオミドロが多く観察されたことから、アオミドロがムジナモより優先的に食べられることにより、ムジナモが増殖できたと考えられる。これら3ヶ所の結果から浮遊藻類や付着藻類はムジナモの生育に必ずしも負の影響を与えるものではなく、むしろよい影響をもたらすのではないかと考えられる。

<ムジナモ培養液中の微生物の同定実験>
今回同定された微生物の存在がなぜ培養しているムジナモの増殖を促すのかは現時点では分からないが、培養液中の微生物のバランスがムジナモの増殖を制御する要因となっており、植え継ぎ時に微生物をよく洗い落し、、微生物量をムジナモの生育に適した量に保つことが重要である。


2.モウセンゴケとハエトリグサの捕食過程の観察

ムジナモ、ハエトリグサ、モウセンゴケは同じモウセンゴケ科の食虫植物であるが、ムジナモと他2種は水生と陸生である点が異なり、モウセンゴケと他2種では獲物の捕え方が異なる。本研究では、組織培養により増殖させたモウセンゴケとハエトリグサを用いてこの2種の食虫植物の捕食過程を観察した。

方法

モウセンゴケとハエトリグサの捕食活動を連続的に追跡しながら、プロテアーゼ活性を検出するために、分解されると発光するDQ-gelatinを用い、HandyScope130S-p、Nicon AZ100で観察した。切り出した捕虫葉を液体窒素で急速凍結し、低温・低真空走査電子顕微鏡で観察した。

結果
ハエトリグサは捕虫葉上の感覚毛を刺激して閉合させた後DQ-gelatinを投与した。その後1日から1日半の間に狭窄運動を再開した。捕虫葉間液を取り出しプロテアーゼ活性をDQ-gelatinの分解発光により検出したところ狭窄開始後数時間経つと活性が確認できたが約20時間後には活性が見られなくなった。

 狭窄前  狭窄OH   SH     10H    11H    19H    26H
ハエトリグサの捕虫葉間液(下段)のプロテアーゼ活性(上段はDW)
  
DQ-gelatinを投与した捕虫葉上のプロテアーゼ活性発現部位を観察すると、狭窄開始後1時間ほどで消化腺毛部位が蛍光を発し始め、6時間経つと一部の消化腺毛で特に強い蛍光を観察できた。強い蛍光は消化腺毛表面の細胞壁に沿ってみられた。


モウセンゴケ捕虫葉上の腺毛を刺激した後DQ-gelatinを投与すると、2時間から数時間後までの間に屈曲を始めた。その後6日から8日経つと再開した。捕虫葉間液を取り出しプロテアーゼ活性をDQ-gelatinの分解発光により検出したところ、屈曲開始から数時間後に活性が確認でき、約20時間後には活性が見られなくなっていた。

屈曲OH      2H     20H
モウセンゴケの捕虫葉間液のプロテアーゼ活性

DQ-gelatinを与えてから10日ほど経ち再開していた葉の腺毛の先端と腺毛間に点状に蛍光が確認できた。走査電子顕微鏡の観察の結果、捕虫葉上には粘液を分泌する腺毛の他に気孔と特徴的なリボン形をした腺毛が散在していた。

考察

ムジナモでは狭窄運動開始後にプロテアーゼ活性が発現することがわかっている。今回ハエトリグサも屈曲運動が開始してからプロテアーゼ活性が見られるようになった。また、モウセンゴケも屈曲運動を開始してからプロテアーゼ活性が確認できた。ハエトリグサのプロテアーゼ活性は消化腺毛表面の細胞壁に沿って分泌されており、この点もムジナモと共通していた。
モウセンゴケの捕虫葉表面には機能のわからないリボン型の腺毛が点在していたが、屈曲を再開した葉で分解されたDQ-gelatinの存在を示す蛍光がこのリボン型腺毛の位置と一致していたことから、この腺毛が養分の吸収に関与している可能性が示された。今後、電子顕微鏡と光学顕微鏡で追跡可能な標識を用いて養分の吸収経路を明らかにしたい。
狭窄において葉のめくれる程度には個体差があるが、ふちが僅かにめくれた状態でも消化酵素は放出されていたことから消化は進んでいると考えられる。再開した葉では消化腺毛と鋸歯の根元の腺で蛍光が確認できた。消化も終わっている様子から、2つの腺で消化物の吸収が行われたと推測する。

3.クンショウモの細胞と群体形状変化  

クンショウモ属(Pediastrum)は平地の水環境に広く生息する緑藻である。複数の葉緑体をもつ多核の細胞が群体を形成する。通常、親群体を構成する一個の細胞内に親群体と同じ形状の娘群体をつくり生殖する。群体の緑に位置する細胞は突起をもち、群体は勲章のような形を呈する。細胞の形や群体の形状は環境によって変化することが知られている。本研究室で継代培養してきたフタヅノクンショウモ(Pediastrum duplex)株に何らかの原因により突起をもたない球状の細胞をからなる群体や、様々な細胞数から成る不定形の群体が生じるようになった。そこで、通常の突起のある細胞からなるクンショウモと、培養中に生じた突起のない球状の細胞からなる群体を比較することにより、勲章形を特徴づける突起ができる仕組みを解明することを目指した。

方法
細胞や群体の形状はノマルスキー微分干渉顕微鏡像を観察した。DNAはHoechst33342で染色しUV2Aフィルターを用いて蛍光顕微鏡で観察した。細胞壁セルロースはCalcofluor White Stain で染色しUV2Aフィルター及びDAPIフィルターを用いて観察した。細胞内微小管はTubulin Tracker で染色しGFPフィルター及びB2Aフィルターを用いて観察した。

結果
@突起のあるクンショウモと突起のない群体の生活環の観察
継代培養中のクンショウモは1年前まではすべて、緑の細胞は突起を形成し、群体は通常の勲章形を呈していた。(明視野像A)ところが約1年前から培養株の中に、何らかの要因で球状の細胞で構成される群体が生じた。(明視野像B)球状の細胞は突起をもたないか、あるいは非常に小さな突起しか形成しなかった。現在突起のない球状細胞からなる群体が培養株の大部分を占めるが突起をもつ通常の勲章形の群体も常に一定数確認できる。突起をもつ勲章形の群体を1個細いガラス管で単離して培養すると、そこから生じた娘群体は突起のない球状の細胞からなる群体を形成した。


明視野像

A蛍光染色による細胞内構造の観察
1)DNAの観察:細胞内DNAを蛍光染色したところ、突起のある通常のクンショウモを構成する細胞は、はじめ核を1個保有するが、核を2個もつステージ(DNA染色像A)を経て6個以上の核をもつ多核細胞となった。(DNA染色像B)球状の細胞から成る群体においても、通常のクンショウモと同様に、はじめ1個の核をもった細胞が2〜4個の核を持つステージ(蛍光観察像C)を経て、最終的には多核細胞となった。(蛍光染色像D)1個の細胞内で核が分裂して娘群体が形成される機構は球状の細胞をもつ群体にも備わっていた。しかし、細胞内の多数の核は通常のクンショウモ細胞では平面的に配置したが、球状の細胞では、必ずしも平面上に配置しなかった。

DNA染色像:A、Cは核が2〜4個のステージ、B、Dはさらに多角になっているステージ(矢印は核)

2)セルロースと微小管の観察:通常のクンショウモで、UV励起による自家蛍光を観察すると、細胞壁の外縁にそって弱い蛍光が見られ、突起の先端部と細胞同士の接着部位に強い蛍光が見られた。(蛍光観察像A)球状細胞から成る群体では細胞接着面と同様の蛍光が縁の細胞の外側にも見られた。セルロースを蛍光染色すると、通常のクンショウモでは縁の細胞の突起部分が特に強く突起形に染色された。(蛍光観察像B)また突起が短く未完成な細胞でも細胞壁自家蛍光の内側にセルロースの局在が見られたが、突起の先端部まで達していなかった。球状の細胞では、細胞周辺のところどころに斑点状に強い蛍光が見られた。(蛍光染色像D)斑状の細胞で、微小管の局在を示す蛍光は、セルロースが局在する不完全な突起の先端部で確認された。(蛍光観察像E)


蛍光観察像:A、Cは自家蛍光。B、Dはセルロース染色像。Eは微小管染色像。

考察
球状の群体は何らかの原因によって微小管の配向情報が失われてしまい、分裂した核が平面状に配置されなかった可能性がある。また微小管の配向に依存するセルロース繊維配向の規則性も失われた結果、セルロースが本来の勲章形に形成されなかったと考えられる。

A
C

1:Nostoc linckia

10μm

100um
松本実穂
10μm
No.18
No.11
No.19
坪内寿朗
研究内容
B

1:Oscillatoria sp.

1:Oscillatoria sp.

10μm
10μm
北原直
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2:Lyngbya limnetica

1:Phormidium tenue

ハエトリグサ捕虫葉上のプロテアーゼ活性の発現部位と消化腺毛
A:狭窄6Hの捕虫葉上のプロテアーゼ活性
B:Aの拡大像
C:消化腺毛の走査電子顕微鏡像