はじめに


 糖質は細胞、組織の構築材料やエネルギー源として機能していることが知られています。また、すべての細胞は糖質を含んだ細胞膜や細胞間物質に囲まれて生 命活動を営んでおり、糖質は細胞の認識と相互作用に深く関わっています。糖質という言葉とともに、単糖が連なってできる高分子成分は糖鎖と呼ばれていま す。糖鎖の様々な生物情報を解明し、生物学の新しい知識として取り入れていく学問分野は糖鎖生物学 (Glycobiology) と呼ばれています。
 植物細胞はその周りが細胞壁で囲まれています。生長の盛んな組織では、細胞壁はセルロースミクロフィブリルと様々な多糖類 (一群のヘミセルロースならびにペクチン)・糖タンパク質で構成されています。細胞壁は植物の成長につれて、分解と新たに合成された高分子成分の組み込み によってダイナミックに制御されており、細胞の伸長・肥大、形を制御するとともに、ひいては組織の分化を決定づけていると考えられます。また、細胞壁多糖 由来の糖鎖 (オリゴサッカリン) は情報伝達の役割を担い (シグナル分子)、植物の生体防御、組織の分化に密接に関わっています。
 私たちの研究室では植物、微生物を用いて、糖鎖に関わる酵素ならびに糖鎖の構造を調べることで、植物細胞壁多糖・糖タンパク質の糖鎖のダイナミックな制御の仕組みならびにその生理 機能の解明を目指しています。

 このページでは、私たちの研究内容について以下の5項目に分けて紹介しています。

  1. 高等植物における糖ヌクレオチドの合成
  2. アラビノガラクタン-プロテインを分解する酵素
  3. 糖鎖を合成する酵素 (糖転移酵素)
  4. 糖鎖を分解する酵素
  5. 糖鎖の構造


高等植物における糖ヌクレオチドの合成


 高等植物の多糖類、糖脂質などは、糖ヌクレオチドを基質として糖転移酵素の作用で合成されます。糖ヌクレオチドの合成経路にはde novo経 路とsalvage経路の2種類があり、前者では、UDP-Glcを初発基質とした変換反応により様々なUDP-糖が合成されるのに対して、後者では多糖 類の分解などで生じた単糖が単糖1-リン酸を経て糖ヌクレオチドに変換されます (図 1)。これまで、特にsalvage経路の最終反応 (糖1-リン酸の糖ヌクレオチドへの変換) を触媒する酵素が見つかっていませんでした。
 最近、私たちはエンドウ芽生え (トウミョウ) 中に新規のUDP-糖ピロフォスフォリラーゼ、PsUSPを見いだし、生化学的に精製するとともに、遺伝子を単離することに成功しました。PsUSPは糖 1-リン酸に幅広い基質特異性を持った酵素で、UTPの存在下で、UDP-Glc, UDP-Gal, UDP-GlcA, UDP-Xyl, UDP-L-Ara を生成します。大腸菌で作成した組換えPsUSPタンパク質も同様の活性を持っていました (図 2)。また、遺伝子の系統樹解析ではPsUSPが、シロイヌナズナやイネの相同遺伝子とともに、既存の UDP-GlcピロフォスフォリラーゼやUDP-GlcNAcピロフォスフォリラーゼとは別のグループを形成していることがわかりました (図 3)。これらの結果からPsUSPは植物の体内で salvage経路の最終反応を触媒する、幅広い基質特性を有した新種のUDP-糖ピロフォスフォリラーゼであることがわかりました。現在は、単糖を糖1 -リン酸に変換する、単糖キナーゼについても研究を進めています。

参考文献

Kotake et al. (2008) J. Biol. Chem. 283: 8125-8135 (abstract)
Kotake et al. (2007) Biosci. Biotechnol. Biochem. 71: 761-771 (abstract)
Kotake et al. (2004) J. Biol. Chem. 279: 45728-45736 (abstract)

学会ポスター

日米合同糖質会議 (2004) (Glyco2004.jpg, 1,938 KB)
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アラビノガラクタン-プロテインを分解する酵素

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 アラビノガラクタン-プロテイン (AGP) は高等植物の原形質膜や細胞壁に存在する、植物のプロテオグリカンです。AGPは細胞分裂、細胞生長、細胞接着、細胞死などに関わることが明らかになって いますが、その分子機能はわかっていません。AGPはガラクトースとアラビノースに富んだ糖鎖とヒドロキシプロリンに富んだコアタンパク質から構成され、 糖鎖は重量の90%以上を占めています。AGP糖鎖の構造はその由来により異なりますが、共通してβ-3,6-ガラクタン骨格を持っていて、さらに1,6 -ガラクタンに、アラビノース、グルクロン酸、4-メチルグルクロン酸、フコースなどが結合しています。植物の体内には、コアタンパク質が異なる多数の AGP分子種が存在しているため、変異体やアンチセンス導入個体を用いた機能解析はとても困難です。またヘテロで複雑な糖鎖が結合していることもAGPの 機能解析を難しくしています。
 私たちは、AGP糖鎖が共通してβ-3,6-ガラクタン骨格を持っていることに着目して、AGP糖鎖の分解酵素の単離と性状解析を進めています。特異的 な分解酵素はAGPの糖鎖の構造を決定する上で非常に有効なツールとなるだけでなく、分解酵素遺伝子を植物に導入することでAGP糖鎖の機能を明らかにす る可能性も秘めています。私たちはこれまでに、エキソ-β-1,3-ガラクタナーゼ (EC 3.2.1.145)、エンド-β-1,6-ガラクタナーゼ(EC 3.2.1.164)、β-ガラクトシダーゼ (EC 3.2.1.23)、α-L- アラビノフラノシダーゼ (EC 3.2.1.55)、β-グルクロニダーゼ(EC 3.2.1.31)を単離しました (図 1)。

参考文献

Konishi et al. (2008) Carbohydr. Res. 343: 1191-1201 (abstract)
Ichinose et al. (2008) Appl. Environ. Microbiol. 74: 2379-2383 (abstract)
Kotake et al. (2006) J. Exp. Bot. 57: 2353-2362 (abstract)
Kotake et al. (2005) Plant Physiol. 138: 1563-1576 (abstract)
Ichinose et al. (2005)  J. Biol. Chem. 280: 25820-25829 (abstract)
Kotake et al. (2004) Biochem. J. 377: 749-755 (abstract)
Okemoto et al. (2003) Carbohydr. Res. 338: 219-230 (abstract)
Kuroyama et al. (2001) Carbohydr. Res. 333: 27-39 (abstract)
Tsumuraya et al. (1990) J. Biol. Chem. 265: 7207-7215 (abstract)
Hata et al. (1992) Plant Physiol. 100: 388-396
Sekimata et al. (1989) Plant Physiol. 90: 567-574

学会ポスター

第25回日本糖質学会年会 (2005) (JSCR2005.jpg, 3192 KB)
第24回日本糖質学会年会 (2003) (JSCR2003.jpg, 746 KB)


糖鎖を合成する酵素 (糖転移酵素)

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 植物細胞壁多糖はゴルジ体に存在する各種糖転移酵素によって、細胞質から供給される糖ヌクレオチドを基質として用いて合成されます。合成された細胞壁成 分は分泌小胞に包まれて細胞膜まで運ばれて細胞の外に分泌されます (図 1)。そこ では既存の細胞壁の分解と新たに合成された細胞壁成分の組み込みがあわせて行なわれています。一方、セルロースは細胞膜に局在するセルロース合成酵素複合 体のはたらきで合成されます。植物細胞壁の合成酵素の存在は古くから知られており、研究は1960年代から、主に欧米で行なわれてきましたが、酵素の性質 についてはあまり判っていません。その理由として、分解酵素に比べて活性が低く、膜結合性タンパク質であるため活性が不安定であることが挙げられます。
 種々の多糖・糖タンパク質の合成酵素について、その性質を調べていますが、一例として、成長が盛んで糖転移酵素の活性が高い、発芽後6日目のダイズ幼植 物を用いて、ペクチンの合成に関わるガラクツロン酸転移酵素の研究を進めています。反応には酵素、受容体糖鎖、糖供与体 (糖ヌクレオチド) が必要です (図 2)。酵素活性は放射標識糖ヌクレオチドを用いて放射活性の糖転移 産物への取り込みを測定するか、受容体糖鎖を蛍光化合物で標識しておき、産物をHPLCで分離・定量して求めます (図 3)。

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図 3: ピリジルアミノ化 (PA化) したキシロトリオース (Xyl3-PA) に、UDP-キシロースからキシロースが転移され、糖鎖が伸長した産物 (Xyl4-PA、Xyl5-PA) が生じる。

参考文献

Kimpara et al. (2008) Ann. Bot. In press.
Konishi et al. (2007) Planta 226: 571-576  (abstract)
Lee et al. (2007) Plant Cell Physiol. 48: 1624-1634 (abstract)
Konishi et al. (2004) Planta 218: 833-842 (abstract)
Tsuchiya et al. (2005) Physiol. Plant. 125: 181-191 (abstract)
Urahara et al. (2004) Physiol. Plant. 122: 169-180 (abstract)



糖鎖を分解する酵素

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 植物細胞壁は合成される一方で分解を受け、動的平衡であると考えられています。植物組織の糖鎖分解酵素を調べることで細胞壁の代謝の分解過程がより明確 になると期待されます (研究例、ペクチンメチルエステラーゼ)。一方、微生物 (例えば植物病原菌) は植物細胞壁の分解酵素を著量生産する場合があり、それら精製酵素標品を用いると、細胞壁の特定多糖、特定結合のみを選択的に分解することが可能となりま す。酵素の特異性を明らかにすることで、糖鎖の同定、構造解析、糖鎖の修飾、特定のオリゴ糖の調製、など幅広く適用できます。例えば、市販酵素剤からポリ ガラクツロナーゼを精製し、その性質を調べるとともに、ペクチン合成酵素の基質となるオリゴ糖の大量調製が可能となっています (図 1)。



糖鎖の構造


 糖鎖の機能を調べるためには、その糖鎖がどのような構造であるかを知っておく必要があります。細胞壁多糖は、一般的にその構造が複雑であり、化学分析 (例えば、メチル化分析)、機器分析 (例えば、GLC、HPLC、GC-MS、TOF-MS、NMR、など)、酵素による特異的分解、などを組み合わせて解析します (
図 1)。糖鎖の合成酵素、分解酵素の研究に際しても構造解析が必要となります。合成され た糖鎖がどのような構造であり、分解酵素ではどのような糖鎖構造を認識して酵素が作用するか、などを調べる必要があります。糖鎖を抗原として作製した抗体 は細胞壁多糖の局在性、組織分化の際の糖鎖の特異的発現、等を調べる際に有効です (図 2)。

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図 1: MALDI-TOF-MSを用いたペクチン断片の分子量測定

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図 2: 抗体を用いて細胞壁糖鎖の局在性を調べた電子顕微鏡写真
小さな黒点 (10 nm) が目的とする糖鎖の局在場所を示す。

参考文献

Samaj et al. (1999) Plant Cell Physiol. 40: 874-883

 

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