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埼玉大学での研究が始めて論文になった2003年以降の業績

         朋子グループの発表論文についてはこちらをご覧ください。       
         以下は日原業績。当研究室発の論文には解説を付しています。 
  1. Nakamura R., Takahashi Y., Tachibana S., Terada A., Suzuki K., Kondo K., Tozawa Y. and Hihara Y. (2024) Partner-switching components PmgA and Ssr1600 regulate high-light acclimation in Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Physiology, in press

    シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803において、パートナースイッチング制御系のアンチシグマ因子と相同性を示すPmgAは、光合成と呼吸をともに行う光混合栄養条件下や、長時間の強光条件下での生存に必須な因子であることが20年以上前から分かっていたものの、組換えタンパク質の調製が上手くいかないため、その具体的な機能は解明されていなかった。本研究では、平成28-30年度在籍の高橋君が、戸澤先生と当時戸澤研に在籍していた近藤さん・鈴木君にお世話になり、無細胞翻訳系を用いたPmgAの合成、およびリン酸化アッセイを行ったことで、PmgAがアンチシグマアンタゴニスト様タンパク質Ssr1600を特異的にリン酸化することを明らかにした。さらに平成30-令和2年度在籍の寺田さんはBacterial Two Hybridを用いた相互作用解析、令和元年-3年度在籍の立花君、令和4年度から在籍中の中村君は、変異株を用いた表現型解析を行い、PmgAがSsr1600をリン酸化することでその蓄積量を制御することや、長時間強光下において、クロロフィルおよび光化学系Ⅰ量の蓄積を協調的に抑制することなどを見出した。PmgA-Ssr1600の関係性は、脱リン酸化型のアンタゴニストが細胞内に蓄積しない点、リン酸化型のアンタゴニストが系のアウトプットとして働く点において、典型的なパートナースイッチング制御系と異なっており、今後、その作用機構の解明を目指したい。

  2. Hishida A., Shirai R., Higo A., Matsutani M., Nimura-Matsune K., Takahashi T., Watanabe S., Ehira S. and Hihara Y. (2024) CRISPRi knockdown of the cyabrB1 gene induces the divergently transcribed icfG and sll1783 operons related to carbon metabolism in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. J Gen Appl Microbiol, in press

    シアノバクテリアのcyAbrB2は、炭素・窒素の代謝制御に関わる重要な転写因子であることが明らかになったが、遺伝子欠損株が得られないcyAbrB1についての機能解析は遅れていた。本論文は、首都大の肥後さん・得平さんが CRISPRiによりcyabrB1ノックダウンコンストラクトを作製し、平成30年度から令和2年度まで当研究室に在籍した菱田さんがノックダウン株の解析を担当し、東農大の渡辺さんチームがRNA-seqを担当した共同研究の成果である。cyabrB1は必須遺伝子であることから多くの遺伝子発現制御を担っていると予想したが、そのノックダウンにより影響を受けたのは、ゲノム上に上流域を共有して反対向きに位置する2つのオペロンと、他いくつかの遺伝子のみという意外な結果であった。また、シアノバクテリア各種が持つcyabrB遺伝子の系統解析により、異なるサブクレードに属する1対のcyabrBを保持することが、シアノバクテリアの転写制御にとって必要であることが示唆された。

  3. Ishikawa T., Takano S., Tanikawa R., Fujihara T., Atsuzawa K., Kaneko Y. and Hihara Y. (2023) Acylated plastoquinone is a novel neutral lipid accumulated in cyanobacteria. PNAS Nexus 2: pgad092

    本研究は、Tanaka et al. (2020) の続報であり、植物環境科学研の石川准教授との共同研究で、令和元年度から3年度まで研究室に在籍した高野君の修士論文、令和4年度から在籍中の谷川さんの卒業研究の成果をまとめたものである。シアノバクテリアは細菌型のトリアシルグリセロール(TAG)合成酵素を持たないにも関わらず、薄層クロマトグラフィーにおいて、TAG標準物質と同様な位置にスポットが展開されることが、古くから様々な種において報告されてきた。本研究では、そのスポットの主要成分がTAGではなく、脂肪酸1分子をエステル結合した、膜局在性のアシル化プラストキノールであることを同定し、さらにSynechocystis sp. PCCの 6803において、その合成に働くのは、真核生物のTAG合成酵素であるDGAT2と相同性を示すSlr2103であることを明らかにした。また、アシル化プラストキノールは膜画分に局在すること、シアノバクテリアの細胞内には中性脂質の染色試薬BODIPYで染まる粒子が蓄積するが、BODIPY蛍光に該当する脂質粒様の構造物は観察されないことも報告した。本研究は新規中性脂質の発見、およびこれまで解析例のなかった細菌のDGAT2様タンパク質の機能を明らかにした点で大きな意味を持つ。

  4. Kato N., Iwata K., Kadowaki T., Sonoike K. and Hihara Y. (2022) Dual redox regulation of the DNA-binding activity of the response regulator RpaB in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Cell Physiol 63: 1078-1090

    これまでの知見から、光合成遺伝子のマスター転写因子RpaBは光合成電子伝達鎖のレドックス状態に依存して転写制御を行うと予想されていたが、その具体的なメカニズムに迫る研究は行われていなかった。本研究では、光合成電子伝達鎖のレドックス状態を人為的に変化させ、RpaBのリン酸化レベルとDNA結合活性への影響を調べることで、光化学系Ⅱと系Ⅰのレドックス状態がそれぞれ独立に検知されて、RpaBの活性制御に関わっていることを明らかにした。特に重要な要因は系Ⅰからの還元力供給レベルであり、RpaBは弱光下で多くの光合成遺伝子のアクチベーター、またはリプレッサーとして機能しているが、強光照射によって系Ⅰからの還元力供給が高まると、そのDNA結合活性が低下することで、光合成遺伝子の強光応答が引き起こされることが分かった。今後は、系Ⅰからの還元力供給を検知し、RpaBのDNA結合活性を低下させる調節因子の同定を目指す。本研究は、平成30年度から令和2年度まで研究室に在籍した加藤君と、令和2年度から4年度まで研究室に在籍した岩田君の修士論文の成果をまとめたものである。

  5. 日原由香子 (2021)「シアノバクテリアの転写因子と物質生産」 生物工学会誌 99: 416-420

    JSTの CREST・さきがけ「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出 」研究領域に参画した研究者を中心として、生物工学会誌 99巻8号および9号に前後編として組まれた特集「 藻類バイオマス利用のための新しい生物工学」(オーガナイザーは神戸大の蓮沼先生と 東大の新井先生)へタイトル指定で執筆のお誘いを受けたもの。cyAbrB2、LexAなどの転写因子の発現制御によりシアノバクテリアにおける遊離脂肪酸生産の収量増加を目指してきた当研究室のこれまでの成果、およびシグマ因子の改変等により収量増加を目指した国内外の研究成果をまとめて紹介した。

  6. Kawahara A. and Hihara Y. (2021) Biosynthesis of Fatty Acid Derivatives by Cyanobacteria: From Basics to Biofuel Production. Cyanobacteria Biotechnology (Edited by Hudson P), pp.331-368, Wiley

    Wiley社のAdvanced Biotechnologyシリーズの一環として「Cyanobacteria Biotechnology」という本を出版するので、シアノバクテリアの脂質代謝と燃料生産についての章を執筆しないかと、エディターのHudson教授よりお誘いを受けた。ちょうど花王の川原さんが博士論文を執筆中で、研究の背景を詳しく調べていた時期でもあったので、シアノバクテリアの脂質代謝経路の成り立ちから、その改変による脂肪酸誘導体の生産、さらに生産性を上げるための様々な取り組みについて、この機会にまとめてみようと思いたちお引き受けした。基礎から応用まで数多くの文献が存在するのを万遍なくまとめ、この分野を概観できる読み物に仕上げたつもりである。

  7. Ishikawa Y., Cassan C., Kadeer A., Yuasa K., Sato N., Sonoike K., Kaneko Y., Miyagi A., Takahashi H., Ishikawa T., Yamaguchi M., Nishiyama Y., Hihara Y., Gibon Y. and Kawai-Yamada M. (2021) The NAD kinase Slr0400 functions as a growth repressor in Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Cell Physiology 62:668-677

  8. Tanaka M., Ishikawa T., Tamura S., Saito Y., Kawai-Yamada M. and Hihara Y. (2020) Quantitative and qualitative analyses of triacylglycerol production in the wild-type cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803 and the strain expressing AtfA from Acinetobacter baylyi ADP1. Plant Cell Physiology 61:1537-1547

    シアノバクテリアによるトリアシルグリセロール (TAG) 蓄積の報告は古くから散見されるものの、その真偽は不明であった。本研究では、Acinetobacter baylyi ADP1由来のTAG合成酵素 AtfAをSynechocystis sp. PCC 6803に導入することでTAGの蓄積に成功したと同時に、野生株の中性脂質を薄層クロマトグラフィーにより展開した際に検出されるTAG標準物質位置のスポットは、真核生物のDGAT2様タンパク質Slr2103により合成される未知の脂質であり、野生株におけるTAGの合成はごく微量であることを示した。本論文は、平成23年度から25年度まで研究室に在籍した齋藤君、27年度から29年度まで在籍した田村君、29年度から令和元年度まで在籍した田中君の卒業研究、修士課程での研究成果をまとめたものである。PCPのResearchハイライトに取り上げられ、齋藤君、田村君、田中君が写真付きで紹介された上、本論文についてのCommentary記事が掲載された。

  9. Takashima K., Nagao S., Kizawa A., Suzuki T., Dohmae N. and Hihara Y. (2020) The role of transcriptional repressor activity of LexA in salt-stress responses of the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Scientific Reports 10:17393

    本研究ではSynechocystis sp. PCC 6803のLexA転写因子が、適合溶質グルコシルグリセロールの合成と取り込みに関わる4つのオペロンをはじめとする、多くの塩ストレス誘導性遺伝子のリプレッサーとして働くものの、これらの遺伝子の塩ストレス下での誘導はLexAに依存しないこと、一部のLexA分子において173番セリンが塩ストレス下で脱リン酸化されることを見出した。これらの結果から、従属栄養細菌のLexAが自己切断による不活化によりSOS応答を誘導するのとは異なり、シアノバクテリアのLexAは環境条件の変動に対して、リン酸化状態を部分的に変化させることにより、遺伝子発現の微調整に働いているのではないかと考えられる。本研究は平成28年度から30年度まで研究室に在籍した高嶋君の卒研と修士の研究成果、および、令和元年度に在籍した長尾君の卒研の成果をまとめたものである。LC-MS/MS解析については、理研の堂前先生のチームにお世話になった。

  10. Jimbo H., Izuhara T., Hihara Y., Hisabori T. and Nishiyama Y. (2019) Light-inducible expression of translation factor EF-Tu during acclimation to strong light enhances the repair of photosystem II. Proc Natl Acad Sci U S A. 116: 21268-21273

  11. Higo A., Nishiyama E., Nakamura K., Hihara Y. and Ehira S. (2019) cyAbrB Transcriptional regulators as safety devices to inhibit heterocyst differentiation in Anabaena sp. Strain PCC 7120. J Bacteriol 201: pii: e00244-19

  12. Riediger M., Kadowaki T., Nagayama R., Georg J., Hihara Y. and Hess W.R. (2019) Biocomputational analyses and experimental validation identify the complex regulon controlled by the redox-responsive transcription factor RpaB. iScience 15: 316-331

    フライブルク大学Hess教授との、一連のRpaB関連共同研究の最新成果。当研究室に2016年2月~3月に滞在したMatzeと、Hess研に2017年1月~12月に滞在した門脇君がco-first author、Hess教授と日原がco-corresponding authorとなっている。また各遺伝子の個別解析のうち、ノーザン解析、DNAゲルシフト解析、クロマチン免疫沈降解析は、平成25年度から27年度まで研究室に在籍した永山君の修士論文の成果である。Hess研ではSynechocystis sp. PCC 6803ゲノム上の転写開始点マッピングデータに基づき、転写開始点近傍にHLR1配列を持つ遺伝子(RpaBがリプレッサーとして働くと予想)、および転写開始点の約50 bp上流にHLR1配列を持つ遺伝子(RpaBがアクチベーターとして働くと予想)150個ほどをピックアップした。その内、循環的電子伝達に関わるpgrR、光呼吸に関わるgcvP、系Ⅱの修復に関わるプロテアーゼをコードするftsH2については、RpaBが弱光下でHLR1に結合することで転写抑制され、強光下で解離することにより発現誘導されることを実験的に示した。また、鉄欠乏下で誘導される isiA、窒素欠乏下で誘導される nirA、マスター転写因子をコードする lexAは、反対にRpaBにより転写活性化されることが示唆された。本成果により、RpaBが従来考えられていた光合成タンパク質複合体のみならず、より広範な細胞機能を制御していることや、窒素代謝のマスター転写因子NtcAや鉄代謝のマスター転写因子FurAなどとともに複雑な制御ネットワークを構成していることが明らかになった。

  13. Ishikawa Y., Miyagi A., Ishikawa T., Nagano M., Yamaguchi M., Hihara Y., Kaneko Y. and Kawai-Yamada M. (2019) One of the NAD kinases, sll1415, is required for the glucose metabolism of Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Journal 98: 654-666

  14. Kodama Y., Kawahara A., Miyagi A., Ishikawa T., Kawai-Yamada M., Kaneko Y., Takimura Y. and Hihara Y. (2018) Effects of inactivation of the cyAbrB2 transcription factor together with glycogen synthesis on cellular metabolism and free fatty acid production in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Biotechnology and Bioengineering 115: 2974-2985

    cyAbrB2破壊株においてグリコーゲン合成を抑制することが物質生産にプラスに働くことを示したこの論文は、平成27年度から平成29年度まで研究室に在籍した児玉君の卒研・修士課程での成果と、花王川原さんの脂肪酸放出評価の成果を合わせたもので、両者がco-first authorとなっている。Kawahara et al. (2016) にて、グリコーゲンを高蓄積するcyAbrB2破壊株では、細胞外に遊離脂肪酸を放出させる代謝改変を施した場合、野生株に比べて、放出脂肪酸量が倍になることを報告したが、この株ではグリコーゲンは高蓄積したままであった。グリコーゲン合成経路を欠損させれば余剰炭素を脂肪酸合成に回すことができ、さらなる収量増加が期待されると考えたが、cyAbrB2破壊株ではグリコーゲン合成経路の酵素遺伝子glgCを完全破壊することができず、これまでその評価を行うことができずにいた。本研究では、銅誘導性PpetEcyabrB2遺伝子を接続してcyAbrB2破壊株に導入し、銅存在下でglgCを完全破壊した後、銅欠乏条件下でcyabrB2の発現を抑制してcyabrB2/glgC二重欠損状態を達成し、細胞内代謝と脂肪酸放出に与える影響を評価した。その結果、cyabrB2/glgC二重欠損状態では、解糖系や酸化的ペントースリン酸回路の糖リン酸が激減すると同時に、TCA回路の有機酸、アミノ酸、PHBなどの貯蔵物質が増加すること、銅と窒素の両方を除去した条件下で脂肪酸放出量に対して、cyabrB2とglgCのそれぞれの欠損がプラスの効果を示すことが観察された。

  15. Kujirai J., Nanba S., Kadowaki T., Oka Y., Nishiyama Y., Hayashi Y., Arai M. and Hihara Y. (2018) Interaction of the GntR-family transcription factor Sll1961 with thioredoxin in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Scientfic Reports 8: 6666

    シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803において、チオレドキシンと相互作用する転写因子をスクリーニングする過程で、GntR型転写因子Sll1961を新たな標的候補として同定した。Sll1961は恒常的に二量体を形成していること、C末端領域のCys229-Cys307間分子内ジスルフィド結合が、チオレドキシンによって還元されることを生化学解析によって示した。さらに、生化学解析結果に基づいた構造予測から、チオレドキシンとの相互作用により、N末側のDNA結合領域の構造変化が引き起こされる可能性が示唆された。本論文は、平成25年度から27年度まで研究室に在籍した鯨井君の卒業研究、修士課程での生化学解析の成果に、平成28年度から在籍中の難波さんが行った追加実験、東京大学大学院総合文化研究科の新井宗仁教授の研究室による生化学解析およびモデリングの結果を合わせたものである。論文のリバイスがなかなか大変で、新井先生にはお手数かけてしまった・・ 

  16. Riediger M., Hihara Y. and Hess W.R. (2018) From cyanobacteria and algae to land plants: The RpaB/Ycf27 regulatory network in transition. Perspectives in Phycology 5: 13-25

    光合成関連遺伝子の強光応答に関わるマスター転写因子であるOmpR型レスポンスレギュレーターRpaBについて、これまでに得られている知見や、光合成生物における保存性について概説した。Kadowaki et al (2016) PCPにおいて、RpaBとPsrR1の関係性について共同研究を行った流れで、Hess教授とRpaBについての総説を書こうという話になり、当研究室に2016年2月~3月に滞在したMatzeが得意のバイオインフォマティクスにより、RpaBオルソログや、結合配列であるHLR1の保存性の解析を行った。

  17. Jimbo H., Yutthanasirikul R., Nagano T., Hisabori T., Hihara Y. and Nishiyama Y. (2018) Oxidation of translation factor EF-Tu inhibits the repair of photosystem II. Plant Physiology 176: 2691-2699

  18. Ueno K., Sakai Y., Shono C., Sakamoto I., Tsukakoshi K., Hihara Y., Sode K. and Ikebukuro K. (2017) Applying a riboregulator as a new chromosomal gene regulation tool for higher glycogen production in Synechocystis sp. PCC 6803. Applied Microbiology and Biotechnology 101:8465-8474

  19. Kizawa A., Kawahara A., Takashima K., Takimura Y., Nishiyama Y. and Hihara Y. (2017) The LexA transcription factor regulates fatty acid biosynthetic genes in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Journal 92:189-198

    シアノバクテリアにおいて、脂肪酸生合成関連遺伝子の発現制御にグローバル転写因子LexAが働くことを見出した。他バクテリアでの脂肪酸代謝制御、およびLexA転写因子の機能と比較して、シアノバクテリアが独自の調節機構を持つことが明らかになった。さらにLexAの欠損により、脂肪酸生産株において生産性が向上するという、バイオディーゼル生産において有用な基礎知見を得た。本論文は、平成24年度から27年度まで研究室に在籍した鬼沢さんの博士論文の後半部分である。脂肪酸放出株の作製と解析は花王の川原さんが担当した。投稿論文にまとめるまで時間がかかったが、鬼沢さんの希望通り、Plant Journal に掲載されて本当に良かった。

  20. 日原由香子、朝山宗彦、蘆田弘樹、天尾豊、新井宗仁、粟井光一郎、得平茂樹、小山内崇、鞆達也、成川礼、蓮沼誠久、増川一 (2017)「多彩な戦略で挑むシアノバクテリア由来の持続可能燃料生産」 化学と生物 55: 88-97

    平成23年度から、JST(科学技術振興機構)の 戦略的創造研究推進事業「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出 」研究領域において、さきがけ研究者として、シアノバクテリアを材料としてバイオ燃料生産に挑戦した12名の研究者の研究成果、およびシアノバクテリアを用いた燃料生産の背景と展望を解説した総説。

  21. Georg J., Kostova G., Vuorijoki L., Schön V., Kadowaki T., Huokko T., Baumgartner D., Müller M., Klähn S., Allahverdiyeva Y., Hihara Y., Futschik M.E., Aro E.-M. and Hess W.R. (2017) Acclimation of oxygenic photosynthesis to iron starvation is controlled by the sRNA IsaR1. Current Biology 27:1425-1436

  22. Ueno M., Sae-Tang P., Kusama Y., Hihara Y., Matsuda M., Hasunuma T. and Nishiyama Y. (2016) Moderate heat stress stimulates repair of photosystem II during photoinhibition in Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Cell Physiology 57:2417-2426

  23. Loukanov A., Zhelyazkov V., Hihara Y. and Nakabayashi S. (2016) Intracellular imaging of Qdots-labeled DNA in cyanobacteria. Microscopy Research and Technique 79:447-452

  24. Sae-Tang P., Hihara Y., Yumoto I., Orikasa Y., Okuyama H. and Nishiyama Y. (2016) Overexpressed superoxide dismutase and catalase act synergistically to protect the repair of PSII during photoinhibition in Synechococcus elongatus PCC 7942. Plant Cell Physiology 57:1899-1907

  25. Ishikawa Y., Miyagi A., Haishima Y., Ishikawa T., Nagano M., Yamaguchi M., Hihara Y. and Kawai-Yamada M. (2016) Metabolomic analysis of NAD kinase-deficient mutants of the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Journal of Plant Physiology 205:105-112

  26. Yutthanasirikul R., Nagano T., Jimbo H., Hihara Y., Kanamori T., Ueda T., Haruyama T., Konno H., Yoshida K., Hisabori T. and Nishiyama Y. (2016) Oxidation of a cysteine residue in elongation factor EF-Tu reversibly inhibits translation in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Journal of Biological Chemistry 291:5860-5870

  27. Kawahara A., Sato Y., Saito Y., Kaneko Y., Takimura Y., Hagihara H. and Hihara Y. (2016) Free fatty acid production in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803 is enhanced by deletion of the cyAbrB2 transcriptional regulator. Journal of Biotechnology 220:1-11

    シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803のcyAbrB2転写因子を欠損させると、細胞体積が野生株の5倍、グリコーゲン蓄積量は10倍に増加する。このcyAbrB2欠損株に対して、細胞外に遊離脂肪酸を放出させる代謝改変を施すと、野生株に同様な代謝改変を行った場合と比べて、放出される脂肪酸量が倍になることを見出した。花王の川原さんとの共同研究成果。

  28. Kadowaki T., Nagayama R., Georg J., Nishiyama Y., Wilde A., Hess W.R. and Hihara Y. (2016) A feed-forward loop consisting of the response regulator RpaB and the small RNA PsrR1 controls light acclimation of photosystem I gene expression in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Cell Physiology 57:813-823

    Synechocystis sp. PCC 6803において、光強度変化に応答した光化学系Ⅰ遺伝子の発現制御メカニズムを調べてきた研究の、フライブルク大との共同研究による新展開。平成21年度から28年度まで研究室に在籍した門脇君の博士論文の第1章部分。以前、転写因子RpaBが弱光下で系Ⅰ遺伝子のアクチベーターとして働くことを報告したが、本論文ではRpaBが弱光下でsmall RNA PsrR1の発現を抑制していること、強光下ではこの抑制が外れ、PsrR1の転写が誘導されることを見出した。転写されたPsrR1は、系Ⅰ転写産物の翻訳阻害に働くことで強光下での系Ⅰ遺伝子の迅速な発現抑制に寄与している。

  29. Kizawa A., Kawahara A., Takimura Y., Nishiyama Y. and Hihara Y. (2016) RNA-seq profiling reveals novel target genes of LexA in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Frontiers in Microbiology 7:193

    バクテリアにおいて、SOS応答に関与するリプレッサーとして広く知られたLexA転写因子が、シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803ではどのような遺伝子の発現制御を行っているのか、野生株とlexAノックダウン株のRNA-seq解析を行った論文。解析の結果、細胞運動に関与するpili繊毛、適合溶質であるグルコシルグリセロールの合成や取り込みに関与するタンパク質群、双方向性ヒドロゲナーゼ等、様々な細胞機能に関与する遺伝子の発現制御にLexAが関与していることが明らかになった。平成24年度から27年度まで研究室に在籍した鬼沢さんの博士論文の前半部分。

  30. Wilde A. and Hihara Y. (2016) Transcriptional and posttranscriptional regulation of cyanobacterial photosynthesis. Biochimica et Biophysica Acta 1857:296-308 

    シアノバクテリアの光合成関連遺伝子の発現制御に関して、転写因子による転写制御と近年その役割が次第に解明されつつあるsmall RNAによる転写後制御の関連性を論じた総説。small RNA研究の第一人者であるフライブルク大のWilde教授と、これまで転写因子の解析を進めてきた日原との共著。

  31. Kusama Y., Inoue S., Jimbo H., Takaichi S., Sonoike K., Hihara Y. and Nishiyama Y. (2015) Zeaxanthin and Echinenone protect the repair of photosystem II from inhibition by singlet oxygen in Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Cell Physiology 56: 906-916

  32. Nishijima Y., Kanesaki Y., Yoshikawa H., Ogawa T., Sonoike K., Nishiyama Y. and Hihara Y. (2015) Analysis of spontaneous suppressor mutants from the photomixotrophically grown pmgA-disrupted mutant in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Photosynthetic Research 126:465-475

    シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803のpmgA変異株は、光合成と呼吸の両方が活発に行われる光混合栄養条件(光グルコース条件)下では致死となる。この条件下で得られる疑似復帰突然変異体13株のゲノム中の変異部位を同定したところ、11株が 1型NAD(P)H dehydrogenase (NDH-1)サブユニットに変異を持つこと、さらにそのうち8株がNdhF3サブユニット中に変異を持つことが明らかになった。NdhF3を含むNDH-1複合体はCO2取り込みに働くことが知られているが、各株の間で、光独立栄養から光混合栄養条件に移した際のCO2取り込み活性には違いがなかった。pmgA変異株の致死性の相補には、これまでに知られていないNDH-1複合体の機能が関与しているかもしれない。本論文は東京農業大学の吉川博文教授、兼崎友博士との共同研究であり、平成23年度から25年度まで研究室に在籍した西島君の卒業研究、修士課程での研究成果をまとめたものである。

  33. Kadowaki T., Nishiyama Y., Hisabori T. and Hihara Y. (2015) Identification of OmpR-family response regulators interacting with thioredoxin in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. PLoS One 10: e0119107

    シアノバクテリアにおいて、調節タンパク質チオレドキシンと相互作用することにより、光合成電子伝達依存的に働く転写因子を同定する目的で、大腸菌共発現系を利用した新たなスクリーニング系を構築した。この系を用いて、Synechocystis sp. PCC 6803のゲノム中にコードされる10種のOmpR型レスポンスレギュレーターを調べたところ、そのうちRpaA、RpaB、ManRの3種においてチオレドキシンとの相互作用が検出され、さらにこれらのシステイン残基が実際にチオレドキシンにより還元されることを見出した。レスポンスレギュレーターの活性制御にヒスチジンキナーゼからのリン酸基転移が重要な役割を果たすことは良く知られているが、これに加えてチオレドキシンによるレドックス制御が働く可能性を、本研究は初めて示した。平成21年度から28年度まで研究室に在籍した門脇君の博士論文の第2章部分。

  34. Hanai M., Sato Y., Miyagi A., Kawai-Yamada M., Tanaka K., Kaneko Y., Nishiyama Y. and Hihara Y. (2014) The effects of dark incubation on cellular metabolism of the wild type cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803 and a mutant lacking the transcriptional regulator cyAbrB2. Life 4:770-787

    これまでに我々は、シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803において、転写因子cyAbrB2が明所下にの円滑な糖代謝に必須であること、cyAbrB2欠損株ではグリコーゲンが細胞内に高蓄積することを見出している。この欠損株を暗所下においたところ、蓄積したグリコーゲンの速やかな分解が観察されたことから、暗所下でのcyAbrB2の役割を検討すべく、細胞の形態観察・遺伝子発現解析、代謝解析等を行った。その結果、cyAbrB2は明暗周期条件下での代謝制御に働くことを示唆する結果を得た。本論文は平成24年度から26年度まで研究室に在籍した花井君の卒業研究、修士課程での研究成果をまとめたものである。

  35. Kaniya Y., Kizawa A., Miyagi A., Kawai-Yamada M., Uchimiya H., Kaneko Y., Nishiyama Y. and Hihara Y. (2013) Deletion of the transcriptional regulator cyAbrB2 deregulates primary carbon metabolism in Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Physiology 162: 1153-1163

    Synechocystis sp. PCC 6803のcyAbrB2転写因子欠損株は、培地にグルコースを添加した光混合栄養条件下で致死となる。この致死原因を明らかにするため、代謝産物量や光合成・呼吸活性などを詳細に調べ、欠損株では糖代謝が停滞している結果としてグリコーゲンが高蓄積していること、光混合栄養条件下ではさらにCO2固定活性も低下し、おそらく還元力過剰が原因で致死となることを示唆する結果を得た。本研究により、cyAbrB2がシアノバクテリアの中心炭素代謝の制御に重要な役割を果たしていること、および栄養条件の変動に応答しての遺伝子発現制御、ひいては代謝活性の制御にcyAbrB2が必須であることが示された。本論文は、平成21年度から23年度まで研究室に在籍した蟹谷君の卒業研究、修士課程での研究成果、および平成24年度から在籍中の鬼沢さんの研究成果をまとめたものである。

  36. Muramatsu M. and Hihara Y. (2012) Acclimation to high-light conditions in cyanobacteria: from gene expression to physiological responses. Journal of Plant Research 125: 11-39

    シアノバクテリアの強光順化応答のメカニズムについては、ここ10年間で飛躍的に解明が進んでいる。この総説では、モデルシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803に関して、DNAマイクロアレイ解析から明らかになった遺伝子発現レベルの変動、強光下で行われる様々な順化応答、強光下で働くシグナル伝達経路、そして様々な環境に生きるシアノバクテリアの強光順化応答に関して、最新の知見を概観した。この論文は、日本植物学会の学会誌であるJournal of Plant Research に、2012年に掲載された論文の中で最も引用回数の高かった論文として、平成27年度 Journal of Plant Research誌 Most-Cited Paper 賞を受賞した。

  37. Yamauchi Y., Kaniya Y., Kaneko Y. and Hihara Y. (2011) Physiological roles of the cyAbrB transcriptional regulator pair Sll0822 and Sll0359 in Synechocystis sp. strain PCC 6803.  Journal of Bacteriology 193: 3702-3709

    シアノバクテリアのゲノム中に良く保存されている複数のcyAbrB転写因子の役割分担を明らかにするため、Synechocystis sp. PCC 6803のcyAbrB遺伝子破壊株、および相補株について表現型解析を行った。その結果、2つのcyAbrBが通常条件下において協調的に働いていることが示された。また、cyAbrBの1つsll0822の破壊株では、細胞体積が野生株の約5倍となっており、cyAbrBが細胞分裂の制御に働いていることが示唆された。本論文は、平成21年度に研究室に在籍した山内君の修士課程での研究成果をまとめたものである。

  38. Haimovich-Dayan M., Kahlon S., Hihara Y., Hagemann M., Ogawa T., Ohad I., Lieman-Hurwitz J. and Kaplan A. (2011) Cross-talk between photomixotrophic growth and CO2-concentrating mechanism in Synechocystis sp. strain PCC 6803. Environmental Microbiology 13:1767-1777

  39. Horiuchi M., Nakamura K., Kojima K., Nishiyama Y., Hatakeyama W., Hisabori T. and Hihara Y. (2010) The PedR transcriptional regulator interacts with thioredoxin to connect photosynthesis with gene expression in cyanobacteria. Biochemical Journal 431:135-140

    光合成生物の転写制御は、光合成電子伝達活性に依存して行われている場合が多い。我々はSynechocystis sp. PCC 6803において、光合成電子伝達活性依存的な調節に働く転写因子としてPedRを同定した (Nakamura and Hihara 2006)。PedRの活性制御がどのように行われているのかは不明であったが、本研究でPedRと相互作用する因子の探索を行ったところ、チオレドキシンが同定された。強光条件下で、光合成電子伝達鎖からの還元力をチオレドキシンが受け取り、それをPedRに伝えることにより(PedRシステイン残基のジスルフィド結合を還元することにより)、PedRが一過的に不活化され、その標的遺伝子の発現レベルが変化すると推測された。本論文は、平成18年度から20年度まで研究室に在籍した堀内さんの卒業研究、修士課程での研究成果をまとめたものである。

  40. Takahashi T., Nakai N., Muramatsu M. and Hihara Y. (2010) Role of multiple HLR1 sequences in the regulation of the dual promoters of the psaAB genes in Synechocystis sp. PCC 6803. Journal of Bacteriology 192:4031-4036

    Muramatsu and Hihara (2006)において、系Ⅰ反応中心サブユニットをコードするpsaAB遺伝子のプロモーター解析を行ったところ、独立に強光応答を示す二つのプロモーターが存在すること、それらの制御領域が複雑に重なりあっていることが分かったが、未解明な点も多く残された。本研究では、psaAB遺伝子の上流域に4か所存在するHLR1配列(系Ⅰ遺伝子の統一的な強光応答に必要な共通配列)に着目し、個々のHLR1配列を塩基置換した場合のプロモーター活性への影響を調べると同時に、下流プロモーターの-10配列を置換して二つのプロモーターの活性を個別に調べることに成功した。その結果、弱光下で、3か所のHLR1配列が二つのプロモーターに正負様々な影響を及ぼしていること、強光下で、二つのプロモーターを共通に抑制する領域が存在すること等を見出した。本論文は、平成20年度に研究室に在籍した高橋さん、および平成21年度に研究室に在籍した仲井さんの卒業研究の研究成果をまとめたものである。

  41. Lieman-Hurwitz J., Haimovich M., Shalev-Malul G., Ishii A., Hihara Y., Gaathon A., Lebendiker M. and Kaplan A. (2009) A cyanobacterial AbrB-like protein affects the apparent photosynthetic affinity for CO2 by modulating low-CO2-induced gene expression. Environmental Microbiology 11: 927-936

  42. Muramatsu M., Sonoike K. and Hihara Y. (2009) Mechanism of downregulation of photosystem I content under high-light conditions in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Microbiology 155: 989-996

    Synechocystis sp. PCC 6803の光化学系Ⅰ複合体が、強光下で減少するときに、どのような調節が働いているのかに迫った論文。強光下で系Ⅰ量を低く保てないpmgA変異株では、強光シフト後6時間以降に、系Ⅰ反応中心サブユニット遺伝子psaABの発現上昇、およびクロロフィル量の増加が見られる。このことから、psaAB転写活性、クロロフィル合成活性が、系Ⅰ量調節に重要なのではないかと考え、これらの活性を変化させた場合の系Ⅰ量への影響を調べたところ、クロロフィル合成活性の調節が、系Ⅰ量調節に重要であることが分かった。さらに、PmgAが、psaAB転写産物量と、アミノレブリン酸合成活性の両方の、強光下での抑制に関与していることが示唆された。本論文は、村松君の博士課程での研究成果をまとめたものである。

  43. Seino Y., Takahashi T. and Hihara Y. (2009) The response regulator RpaB binds to the upstream element of photosystem I genes to work for positive regulation under low-light conditions in Synechocystis sp. Strain PCC 6803. Journal of Bacteriology 191:1581-1586

    Muramatsu and Hihara (2007)において、系Ⅰ遺伝子の強光応答に必要な共通領域として、コアプロモーター領域直上流のATリッチ領域をすでに同定しているが、本研究では、このATリッチ領域内に、HLR1配列と呼ばれる共通配列が含まれており、ここにレスポンスレギュレータータンパク質 RpaBが結合することを見出した。レポーター解析の結果から、RpaBは弱光下で系Ⅰ遺伝子のアクチベーターとして働いていることが示唆された。これまで、RpaBは弱光下でのリプレッサーとして報告されており、アクチベーターとしての報告は本研究が初めてである。本論文は、平成19年度に研究室に在籍した清野さん、および平成20年度に研究室に在籍した高橋さんの卒業研究の研究成果をまとめたものである。

  44. Ishii A. and Hihara Y. (2008) An AbrB-like transcriptional regulator, Sll0822, is essential for the activation of nitrogen-regulated genes in Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Physiology 148: 660-670

    シアノバクテリアのゲノム上には、他のバクテリアには見られないAbrB様の転写因子をコードする遺伝子が、必ず2コピー以上存在している。これらの機能を明らかにするために、Synechocystis sp. PCC 6803のゲノムに存在する2コピー、sll0822とsll0359について、遺伝子破壊株を作成した。いずれの遺伝子についても、増殖が遅く、光合成色素含量の低下した変異株が得られたが、sll0359は必須遺伝子であり、野生型ゲノムを完全に変異型に置き換えることはできなかった。一方、sll0822については完全な破壊株が得られたため、DNAマイクロアレイ解析を行ったところ、この株では通常培養条件下で、アンモニウム、硝酸、尿素などの取り込み系をはじめとする、窒素関連遺伝子群の発現レベルが低下していることが分かった。さらに培地に過剰な硝酸を添加すると、sll0822破壊株の光合成色素含量の増加が見られることから、sll0822は窒素関連遺伝子の正の制御に関わっており、この制御が失われると、細胞内が慢性的に窒素欠乏状態になり光合成色素の減少が引き起こされると考えられる。本論文は、平成17年度から19年度まで研究室に在籍した石井さんの、卒業研究、修士課程での研究成果をまとめたものである。

  45. Takahashi H., Uchimiya H. and Hihara Y. (2008) Difference in metabolite levels between photoautotrophic and photomixotrophic cultures of Synechocystis sp. PCC 6803 examined by capillary electrophoresis electrospray ionization mass spectrometry. Journal of Experimental Botany 59: 3009-3018

    シアノバクテリアの中には、グルコースなどの基質を用いて従属栄養的な生育が可能な種がある。これらの種は、明所では光合成による光独立栄養的生育、暗所では糖代謝による従属栄養的生育、とその代謝のモードを切り替えることが知られている。細胞内小器官を持たないシアノバクテリアでは、様々な代謝反応が細胞質内で行われており、同化と異化の代謝経路がオーバーラップしている部分が複数存在するため、これらの代謝活性を調節することは、生存に必須であると考えられる。本研究は、明所でグルコースが供給されている条件下(光混合栄養条件と呼ぶ)では、どのように代謝調節が行われているのだろうか?という疑問から始まった。野生株と、光混合栄養条件下で致死となるpmgA変異株について、キャピラリー電気泳動質量分析装置 (CE/MS)を用いて、その細胞内の代謝産物量を調べ、光合成、呼吸、各種酵素活性などの測定を行ったところ、光混合栄養条件下の野生株では、解糖系、酸化的ペントースリン酸回路の代謝産物量が増加する一方、カルビン回路の代謝産物は減少していることが明らかになった。それに対し、pmgA変異株では、栄養条件に関わらず、酸化的ペントースリン酸回路活性が低く、カルビン回路の活性は高いことを示唆する結果が得られた。この代謝異常は、光独立栄養条件下においては、特に生存に不利とはならないが(光合成活性が高いので、むしろ野生株より良く増殖する)、光混合栄養条件下では、NADPHやATP量の低下、イソクエン酸の異常蓄積等につながり、最終的に増殖阻害を引き起こすと考えられる。以上の結果より、光混合栄養条件下での生存には、同化と異化の活性調節が不可欠であり、PmgAタンパク質がその調節に何らかの形で関与していることが示された。本研究は、東京大学分生研の内宮研究室と共同で行われた。

  46. Muramatsu M. and Hihara Y. (2007) The coordinated high-light response of genes encoding subunits of photosystem I is achieved by AT-rich upstream sequences in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803. Journal of Bacteriology 189: 2750-2758

    Muramatsu and Hihara (2006)におけるpsaAB遺伝子に引き続き、光化学系Ⅰ小サブユニットの一つをコードするpsaD遺伝子のプロモーター構造を解析した。その結果、psaABpsaDプロモーターに共通して強光応答に関わる領域として、コアプロモーター領域直上流のATリッチ配列を同定した。次に、光化学系Ⅰの他のサブユニット遺伝子も同様な仕組みで強光応答を示すのかどうかを検証した。psaCpsaEpsaK1psaLIの各遺伝子プロモーターについて調べたところ、いずれの場合にも、転写開始点(+1)から見て-70から-46に位置するATリッチ領域があれば、光化学系Ⅰ遺伝子に特有の強光応答パターンを示すのに十分であることが明らかになった。同定された調節領域は、弱光下でプロモーター活性を高く保つために必要であり、強光下に移すとこの領域を介した正の調節が一過的に失われるため、系Ⅰ転写産物の一様な減少が実現されるということのようである。今後はこの調節に関わる因子の単離を行って行きたいと考えている。

  47. Aurora R., Hihara Y., Singh A.K. and Pakrasi H.B. (2007) A network of genes regulated by high light. OMICS: A Journal of Integrative Biology 11: 166-185

    弱光下から強光下に移したシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803について、どのような遺伝子発現変化が見られるかを、以前、DNAマイクロアレイ解析の手法を用いて調べたことがあった (Hihara et al. Plant Cell 13: 793-806, 2001) 。本研究では、セントルイスのWashington University のR.Aurora 博士、H. Pakrasi 教授のご助力を得て、このデータを、遺伝子共発現ネットワーク解析の手法を用いて、さらに詳細に解析してみた。すると、強光下での遺伝子発現について、従来の解析方法では見えてこなかったいくつかの知見が得られた。一例として、強光下で鉄、硫黄ホメオスタシスに関わる遺伝子群の発現変動が起きていることが挙げられる。培養実験を行ったところ、実際に強光下での生育に硫黄の供給が重要であることが示され、この遺伝子発現変動は生理的に重要な意味を持つと考えられる。

  48. Nakamura K. and Hihara Y. (2006) Photon flux density-dependent gene expression in Synechocystis sp. PCC 6803 is regulated by a small, redox responsive, LuxR-type regulator. Journal of Biological Chemistry 281: 36758-36766

    シアノバクテリアの遺伝子発現は、光合成電子伝達鎖の酸化還元状態によって調節を受けていることが知られているが、これまでにそのシグナル伝達経路の実態は全く分かっていなかった。本論文は、シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803で、この制御系に関わる転写制御因子を初めて同定し、その詳しい解析を行ったものである。この転写制御因子PedRは、弱光条件下(光合成電子伝達活性が低い)では活性型を取り、いくつかの遺伝子の転写を正あるいは負に制御しているが、強光条件下(光合成電子伝達活性が高まる)に移されると、一過的に不活化され、結果としてその制御下にある遺伝子の発現が変動することを明らかにした。またPedRが、不活化に伴って構造変化を起こすことを見いだしたが、それがどのようなメカニズムによるのかの解明は、今後の課題である。本論文は、平成15年度から17年度まで研究室に在籍した中村さんの、卒業研究、修士課程での研究成果をまとめたものである。

  49. Muramatsu M. and Hihara Y. (2006) Characterization of high-light-responsive promoters of the psaAB genes in Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Cell Physiology 47: 878-890

    シアノバクテリアの光化学系Ⅰ(系Ⅰ)複合体は、光捕集が律速となる弱光条件下で増加し、光エネルギーが過剰となり、有害な活性酸素分子種が生成するリスクの高まる強光条件下では減少する。系Ⅰ複合体サブユニットの遺伝子は、Synechocystis sp. PCC 6803の場合、ゲノム上に分散して存在しているが、その発現レベルは光強度に依存した統一的な制御を受けており、弱光下では豊富に蓄積している転写産物が、強光下に移すと1時間以内に完全に消失するほどの発現抑制が観察される。我々は、この統一的な光応答のメカニズムを解明する第一歩として、反応中心サブユニットをコードするpsaAB遺伝子のプロモーター構造解析を行った。その結果、この遺伝子が二つのプロモーターを持つこと、それぞれのプロモーターが異なるメカニズムにより光応答を示すことを明らかにした。本論文は、平成13年度から18年度まで研究室に在籍した村松君の修士課程での研究成果をまとめたものである。

  50. Kahlon S., Beeri K., Ohkawa H., Hihara Y., Murik O., Suzuki I., Ogawa T. and Kaplan A. (2006) A putative sensor kinase, Hik31, is involved in the response of Synechocystis sp. strain PCC 6803 to the presence of glucose.  Microbiology 152: 647-655

  51. Fujimori T., Higuchi M., Sato H., Aiba H., Muramatsu M., Hihara Y. and Sonoike K. (2005) The mutant of sll1961, which encodes a putative transcriptional regulator, has a defect in regulation of photosystem stoichiometry in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803.  Plant Physiology 139: 408-416

  52. Fujimori T., Hihara Y. and Sonoike K. (2005) PsaK2 subunit in photosystem I is involved in state transition under high light condition in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803.  Journal of Biological Chemistry 280: 22191-22197

  53. Hihara Y., Muramatsu M., Nakamura K. and Sonoike K. (2004) A cyanobacterial gene encoding an ortholog of Pirin is induced under stress conditions. FEBS Letters 574: 101-105

  54. Hihara Y., Sonoike K., Kanehisa M. and Ikeuchi M.(2003) DNA microarray analysis of redox responsive genes in the genome of the cyanobacaterium Synechocystis sp. PCC 6803. Journal of Bacteriology 185: 1719-1725

  55. Muramatsu M. and Hihara Y. (2003) Transcriptional regulation of genes encoding subunits of photosystem I during acclimation to high-light conditions in Synechocystis sp. PCC 6803. Planta 216: 446-453

埼玉大学着任以前の日原の業績

  1. Sonoike K., Hihara Y. and Ikeuchi M. (2001) Physiological significance of the regulation of photosystem stoichiometry upon high light acclimation of Synechocystis sp. PCC 6803. Plant Cell Physiology 42: 379–384

  2. Hihara Y., Kamei A., Kanehisa M., Kaplan A. and Ikeuchi M. (2001) DNA microarray analysis of cyanobacterial gene expression during acclimation to high light. Plant Cell 13: 793–806

  3. Hihara Y., Sonoike K. and Ikeuchi M. (1998) A novel gene, pmgA, specifically regulates photosystem stoichiometry in the cyanobacterium Synechocystis species PCC 6803 in response to high light. Plant Physiology 117: 1205–1216

  4. Sonoike K., Kamo M., Hihara Y., Hiyama T. and Enami I. (1997) The mechanism of the degradation of psaB gene product, one of the photosynthetic reaction center subunits of photosystem I, upon photoinhibition. Photosynthesis Research 53: 55–63

  5. Hihara Y. and Ikeuchi M. (1997) Mutation in a novel gene required for photomixotrophic growth leads to enhanced photoautotrophic growth of Synechocystis sp. PCC 6803. Photosynthesis Research 53: 243–252

  6. Hihara Y., Shoda K., Liu Q., Hara C., Umeda M., Toriyama K. and Uchimiya H. (1997) Expressed sequence tags in developing anthers of rice (Oryza sativa L.). Plant Biotechnology 14: 71–75

  7. Hihara Y., Hara C. and Uchimiya H. (1996) Isolation and characterization of two cDNA clones for mRNAs that are abundantly expressed in immature anthers of rice (Oryza sativa L.). Plant Molecular Biology 30: 1181–1193

  8. Hihara Y., Umeda M., Hara C., Toriyama K. and Uchimiya H. (1994) Nucleotide sequence of a rice acidic ribosomal phosphoprotein P0 cDNA. Plant Physiology 105: 753–754

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